日本CHRO協会発行CHRO FORUM第31号(2021年12月号)

※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です


 

第1回のコラムでは、パンデミック後の「ウォーフォータレント」時代のタレントマネジメントの姿を概観した。第2回から第6回は、第1回で取り上げた「重要性を増す5つのテーマ」について詳細を紹介する。第5回は、パンデミックを経て変容しつつある「リーダーシップ」のあり方について取り扱う。

 

事業環境や働き方の大きな変化の中で、ネクストノーマルの時代に向けて必要なリーダーシップのあり方の見直しも行われつつある。CEOの関心事項として、ビジネスモデルの創造やコストコントロールに匹敵するものとしてリーダーシップの強化や育成が挙げられており*1、組織力を最大限に活かした事業の発展に向けて必要なスキルや特性を持っているリーダーをどのように惹きつけ、育成し、報いていくのかについて検討が進められている。

 

*1 Mercer、「グローバル人材動向調査(2020年度2021年度)」

 

 

1. 事業環境の大きな変化

 

もうすぐ2年になるパンデミック下では、リーマンショック時にCFOの重要性がクローズアップされたのに対してCHROの重要性がクローズアップされたと言われている。従業員の健康への配慮の必要性の増大、否応のない働き方の変化の中で、この機会をビジネスモデル、文化やパーパスの振り返り・再定義の機会としている企業も多い。

 

働き方の変化 コロナ禍や事業環境の変化により、どのように、どこで、いつ働くかについて選択肢や柔軟性が増加している。こうした柔軟性はビジネスまた従業員サイド双方の視点から、コロナ禍後も維持されることが予想される。

 

ダイバーシテイ(Diversity, equity, and inclusion (DEI))の推進 米国における社会的な正義に対する強い要請から波及し、グローバルにも競争要因としての多様性に加え、公平性の担保に関して対外的にブランドを強化し、対内的にはインクルージョン(包摂)や給与・声や機会の平等の促進が求められている。

 

デジタル化 パンデミック下でのさらなるデジタル化の進展は働き方の変化を加速させている。デジタル変革とAIの活用の促進は徐々に社員や仕事の仕方、事業そのものに影響を与えている。

 

ESG(Environment, Social, Governance)への責任 世界中で様々な自然災害が生じつつある中、気候や環境への配慮に焦点が当たっている。SDGsの文脈の中でも直接的な株主利益を超えた企業としての責任や役割が問われつつある。

 

 

 

 

2020年以降、それまで既に底流で起こりつつあった変化がさらに大きな潮流となり、より広い議論 – パーパス経営への移行- が加速している。収益や成長、株主の利益も重要であり続ける中で、ESG - 社会的な正義や環境、健康、社会への貢献- も重要と認識されるようになっている。

 

社員のウェルビーイング、気候変動、社会的意義、DXに適切に対応できるリーダーが今までにも増して求められている。また、社員もそのようなリーダーのいる会社を選ぶようになってきている。マーサーの「グローバル人材動向調査2020-2021」においても48%の経営幹部は従業員の健康やウェルビーイングが従業員に関する最大の関心事項であると回答しており、また40%の従業員は共感力を持ったリーダーの下で働くことがより活力につながる、と回答している。

 

 

2. 新しい環境下で求められるリーダーシップ

 

組織の新しい環境への適応力はリーダーの力量・構想力に規定される。リーダーシップに必要な力としてこれまで同様、ビジネス理解、戦略思考、変革主導等に加え、パーパス経営/より広いステークホルダーへの対応をしつつ、持続的な業績達成の実現に向けては、4つの特性が特に重要と考えられる。

 

これらのリーダーシップ特性は取締役会、CEO、CHROによるリーダーの選定、開発、処遇やサクセッションプランニングにおいて重視される必要がある:

 

共感力(Emotional intelligence) 強いリーダーは本物の心遣い、共感、Dignity(お互いの尊厳)を大切にしつつ、心から幅広いステークホルダーと関係を構築する。それぞれの立場に立って考え、傾聴し、双方向のコミュニケーションにより他者へ影響を及ぼし、共感力を推進力として、論理だけでは動かせないものを動かす能力に長けている。

 

デジタルへの精通(Digital savvy) 強いリーダーは現在の業務プロセスの自動化のみならず、パーパス、未来のビジョンに向けてテクノロジーを使った新しいビジネスモデルの創造を行う。デジタルと事業戦略、顧客体験、社員のスキル、仕事の再構築をも含め、一体的に、また漸進的ではなく抜本的に考えることにより、革新を持続的な競争優位に結びつける。

 

包括的な社会的責任への理解(Inclusive social responsibility) 将来に向けた素晴らしいリーダーは事業戦略やリーダーシップをより広範囲に捉え長期的な持続性につなげる。社会的正義、気候、ダイバーシテイ等に配慮しつつ、業績を上げることへの理解を含む。組織風土の醸成、社員の働きやすさ・やりがいの付与もSocialの視点に含まれる。

 

変化への対応(Adaptability) 素晴らしいリーダーは自身また周囲の行動やアプローチを環境変化に柔軟に対応する。過去に固執せず、変化を厭わず、新たな視点を提供する。障害に備え、困難を乗り越える方法を創造し、やり抜く。 

 

 

これらの能力の一部には天賦のものもあれば、育った環境や培った経験からリーダーに必要な要素を自然に身に付けているリーダーも存在するが、意図的に身に付ける、あるいは強化することができる。

 

また、リーダー全員が全ての能力を保有していなければいけないわけではない。むしろこれら全てを保有しているリーダーは稀有であろう。このため、このような要素を補完し合う、様々な強みを持ったリーダーのチームを部門ごとにあるいは組織全体として組成することも重要となろう。

 

 

3. リーダーシップ強化に向けた取り組み

 

こうした中で、より効果的な一貫性のあるリーダーシップ強化施策 - 選定、開発、サクセッションプランニング- をデザインし、自社に必要なリーダーを育成・引き留め・動機付けする必要がある。

 

自社の事業戦略や風土に合致したリーダーシップのあり方・要素の特定・可視化、それに照らした現在地の測定(アセスメント)、強み弱みを把握した上での育成、サクセッションプランニング等を有機的に整合させた形で検討・設計・運用することが鍵となる。

 

今後求められる要件は論理的ではなくより実践的なものであり、会社側としては、今までの常識が通用しない環境下でのマネジメント経験の蓄積やよりキャリアの早い段階からの実践的な取り組み機会の創出を意図的に行うことが必要となる。また、同時に個人の側にも、学び続けることが重要というマインドセット、組織のパーパスに照らしそれぞれの役割において何をすべきかを自律的に考えること、さらにそうした文化を組織内に浸透させることも重要となろう。

 

 

個人として、また組織として何ができるのか是非考えてみていただきたい。

 

 

参考文献

 

Mercer, Four critical attributes for leadership in 2021, 2021.
野中郁次郎、勝見明「共感経営」(日経BP)、2020年
Mike Walsh, The Algorithmic Leader. Page Two Books, 2019.
Donna Hicks, Ph.D., Leading with Dignity. Yale University Press, 2018.

 

執筆者: 松見 純子 (まつみ じゅんこ)

組織・人事変革コンサルティング プリンシパル