ネクストノーマルのタレントマネジメント 第4回
日本CHRO協会発行CHRO FORUM第29号(2021年10月号)
※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です
第1回のコラムでは、パンデミック後の「ウォーフォータレント」時代のタレントマネジメントの姿を概観した。第2回から第6回は、第1回で取り上げた「重要性を増す5つのテーマ」について詳細を紹介する。第4回は、グローバルで進行中のスキルに関する変革について取り扱う。
昨今の事業経営において、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の影響はますます大きくなっている。あらゆるビジネスの領域で、DXがもたらすイノベーションが、競争の環境や事業に対して、劇的な変化を引き起こしていることは、皆さんも十分にご理解されているであろう。
この変化は、当然、労働市場における人材の要件や需給に対しても、大きな影響をもたらしつつある。ある数値をご紹介したい。こちらは、2020年の世界経済フォーラムにおいて、マーサー社が発表した「The Future of Jobs 2020」からの抜粋である。
労働者の50%が、大なり小なりの何らかの「新たなスキルの学び直し・獲得」を求められるという点は、なかなか衝撃的な予測といっても良いのではないであろうか。
一方で、対応を迫られる人事側の認識が次のようにまとめられており、同様にご紹介したい。
出所:マーサー グローバル人材動向調査レポート(2021年)
各社とも、自社の人材の能力・スキルに課題を感じつつも、正確にそれらを整理し、スキルのニーズに応じて社内外の労働市場の状況を正しく把握するまでには至っていない現状が浮き彫りになっている。
これらの課題をもう少し具体的にイメージするために、典型的な例として、高度デジタル人材への対応課題を想定してみたい。
IT人材と言えば、標準的なプログラミング・スキルを中心に、一定のスキルやナレッジの定義が業界的にも整理され、それに準じた採用や人員計画を行うことが可能な領域である。一方で、DXの進展により、企業が求めるデジタル人材は、より高度かつ専門・細分化されたスキルを前提に、ピンポイントで競争力のある人材を求めるようになってきている。例えば、同じデジタル・AIの領域であっても、自然言語解析とイメージング解析では、求められるスキルと経験は異なるし、仮に「モノづくりの会社」である場合は、それらのデジタルとOT(オペレーションテクノロジー:機械や機器等)との連携・統合を進める上で、非デジタル部門にも対応できるコミュニケーションスキルや調整能力も求められる場合もある。
自社の事業における必要な高度デジタル人材のスキル(プログラミングスキル以外にも、コミュニケーション等のソフトスキル含む)を明確に把握しておかないと、市場からの採用も、社内における配置転換もままならない、という状況が現在多くの企業で発生していると感じている。
分かりやすい例として、高度デジタル人材を事例として挙げたが、DXが企業のバリューチェーン全体に影響を及ぼしていく中で、非デジタルの職務領域においても、同様の「求められるスキルの変化」に応じて、各社員のスキルの現状と、社外市場におけるその価値を人事が正しく把握することが重要となってくるであろう。また、その把握状況に応じて、必要となる「リスキル」の対象となる人材への対応検討も人事の重要な役割となる。
この「スキル」という観点が、「ジョブ型労働市場」が中心となっているアメリカにて、先行して注目されているという点では、注目に値する。 「ジョブ型労働市場」の実態を、誤解を恐れずに、単純化してみよう。
上記のような環境の根幹とは、「ジョブ=役割=Roles & Responsibilities」の考えであり、役割を基準に市場の需要と供給の影響を受けつつ報酬水準が定まるという考え方である。この「役割を基準に」という考え方は、今後も続くであろうと考えられるが、ポイントは、「市場の需要と供給の影響を受けつつ」という部分である。前述したようなDXをはじめとした技術や事業構造の非連続的な変化のなかで、「品質管理部長」に期待される役割と、それを可能にする能力・スキルも、これまでとは大きく変化していく可能性があり、そのスキルセットの希少性や細分化等が、労働市場における人材の需要と供給のバランス(結果的には報酬水準)に大きく影響を与えてくることが予想される。
この点において、労働市場における「スキル」という要素が、ジョブ型市場における報酬水準決定において、今まで以上に重要な要素になると考えられ始めている。マーサーの中長期将来予測において、最終的には、「ジョブ」という固定の役割を前提とした報酬設定から、持っている「スキル」とその「スキルを前提としたアサインメント」で報酬の設定が行われるという世界観に変化していくことが語られ始めている。マーサーでは、この考え方を「スキル・ベースド・サラリー」と名付けている。
翻って、日本国内に目を向けてみると、「ジョブ型人事」への移行が、大きな関心事となっており、様々な企業での取り組みが進んでいる。とくにデジタル人材や高度専門職における「ジョブ型人事」の導入が先行するケースが多いが、その際に前述した「ジョブとスキルの整理」という課題は、非常に多く発生してる。
一方で、過去国内においては、「職能資格制度」に代表される、スキル・能力による社員の階層化と報酬設定の取り組みは古くから行われてきた。しかしながら、現在進行している変化は、以前のような「自社内の閉じた世界」におけるスキル・能力の定義ではなく、より開かれた労働市場における「能力・スキル」の定義であり、それらが「ジョブ」「人材」の市場価値を大きく変化させていくという点がこれまでと異なる点である。今後の日本の労働市場における「ジョブ型人事」の展開においても、「スキル」という要素が徐々に注目を浴びていくことになるのではないであろうか。