日本CHRO協会発行CHRO FORUM第33号(2022年2月号)

※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です


 

マーサージャパンのコンサルタントによるこれまで5回の連載を通して、ネクストノーマルにおけるタレントマネジメントの姿を論じてきた。第1回では、新型コロナウイルスのパンデミックにより加速したマクロ環境の変化により、企業経営にとって優秀人材の確保・育成・活用がこれまでに以上に重要になりつつあり、日本にも本格的な「ウォーフォータレント」の時代が到来したと述べた。

 

第2回から第5回では、その中でも特に重要な4つのテーマを取り上げ、それぞれを詳しく解説した。具体的には、①EVP(Employee Value Proposition/従業員価値提案)、②パフォーマンスマネジメント、③スキル、④リーダーシップである。

 

これらの各回では、グローバルに事業展開する日本企業を意識しつつも、グローバル全体の動向を議論の中心に据えてきた。最終回となる今回は、日本企業のグローバル展開という切り口 で、ネクストノーマルのタレントマネジメント、特にグローバル経営に直結する将来の経営層の特定・育成・活用の姿を示し、連載を締めくくりたい。

 

 

1. 「グローバル一体型」タレントマネジメントの重要性

 

これまでの日本企業のタレントマネジメントにおいては、その重要性を認識されつつも、グローバルの共通方針にもとづいて施策設計され運用されることはあまりなかった。グローバル人材マネジメントの施策としては、グローバルグレードやグローバル報酬ポリシー等の基盤整備が優先されてきたと捉えることができる。

 

そのため、従来から重要度が高いとされてきたキーポジションを特化した上でのサクセッションマネジメントやその前提となる優秀人材プール構築のための選抜型研修においても、日本人を中心とした本社人材と海外拠点人材の明示的・暗黙的な区分を前提とされていることが多い。本社人材に対してCXOや事業トップといった最重要ポジションのサクセッションマネジメントを進める一方、海外拠点人材は地域や国レベルのポジションのみが対象になっていることが実態である(図1参照)。

 

 

 

図1:グローバル・タレントマネジメントの対象

 

 

ただ、今後の日本企業の成長ドライバーの一つであるグローバル化を果たすためには、グローバル一体的な経営が必須であり、そのために必要な組織能力を構築するには、本社人材のみならず、海外拠点人材の活用が必須である。グローバル全体でのタレントマネジメントプロセスを実行することにより、自社グループ内の潜在的な対象人数を拡大するとともに、グループ外の優秀人材の獲得に繋がるEVP*の強化にも結びつけることができる。

 

それぞれについてもう少し詳しく見ていきたい。まず、製造業を中心に多くの日本企業で海外従業員比率が5割を超えており、管理職層も増加傾向にある中で、タレントマネジメントの対象を本社人材のみに限定するのは、海外拠点人材の潜在能力を十分に生かしていない状態といえる。人口減少社会である日本のみを将来の経営人材輩出のプールとして捉えるのは高リスクな選択である。

 

次に、現在の海外拠点人材は、将来の経営層への登用を意識して採用されておらず、入社後も十分な育成の機会を与えられていないことが多い。また、市場に対して競争力のある報酬を支払われていないこともままある。こうした状態では、将来の経営層向けの施策の対象として適切な人材が集まらない・定着しないのは無理もない。そのため、グローバル一体型のタレントマネジメントのもう一つの効果として、優秀人材の確保につながるEVPの強化が挙げられる。マーサーの近年の調査でも、入社時・在職時・退職時の意思決定の基準として、キャリア機会や能力開発の機会は常に上位に位置づけられており、タレントマネジメントはEVPにおいても重要性の高い要素であることを示している。

 

* 近年では、従業員のみならず、その企業に関わる多様な人材に対する包括的な価値提案を指すTVP(Talent ValueProposition)という表現する事例も増えつつある。

 

 

2. 変革を加速する取り組み

 

それでは、「グローバル一体型」タレントマネジメントに向けた変革を加速するためには、何を優先的に進めれば良いだろうか。ここでは、既存施策の対象範囲の拡大に加え、5つの取り組みに着手することをお勧めしたい。

 

第一に、自社のリーダー人材要件を再定義することである。経営理念や中長期の経営戦略を考慮した上で、未来志向で、今後どのような行動特性・資質・価値観、あるいは経験や専門性を有する経営人材を求めるのかを改めて明確化するのである。ESGやDEIといった時代の要請についても意識する必要がある。これまでと同じ人材要件で検討している限り、本社人材中心の慣行を変えることは困難であり、人材を見極める側の発想・視点を見直すことを意図している。

 

第二に、海外拠点人材のエクスポージャー(露出)をさらに高めることである。施策の範囲を拡大し、活用の仕組みを構築したとしても、現在の経営幹部が候補となる人材を把握していなければ、効果的な運用につながらない。グローバルやリージョンでの選抜型研修に自らも参加して出席者と対話したり、対面・オンラインでの拠点訪問の機会を捉えて主だった人材と面談したりすることは、初歩的だが非常に効果的である。

 

第三に、グローバルモビリティを活性化することである。派遣対象者を本社人材だけに限定せず、海外拠点人材も含めて、その機会を広く提供していきたい。グローバルモビリティは要員計画の実現や人材育成の加速のみならず、グローバルにキャリア開発の機会を提供するという意味でEVPの強化においても有効である。また、グローバルモビリティの検討にあたり、異動時処遇は重要な要素となるが、日本企業では依然として本社人材の海外拠点への異動を前提として設計・運用されていることが多い。海外拠点人材が本社や他海外拠点に国籍による制約なく異動できるようにするためには、グローバル共通異動ポリシー(IAP/International AssignmentPolicy)の整備が必須である。

 

第四に、これらの取り組みの対象となる海外拠点人材に働きかけ、グローバルでの優秀人材であることを意識づけることである。多くの日本企業では、タレントマネジメントの対象を実質的に本社人材に限定していることは前述した。そのため、その範囲を拡大し、海外拠点人材を取り込もうとしても、対象者本人のレディネスが不足していて乗り切れないということもある。こうした事態の解決のためには、経営幹部が明示的な期待値を示し動機づけることや、スポンサーとして直接的に成長を支援することが効果的である。

 

最後に、タレントマネジメントそのものからはやや外れるが、海外拠点人材が活躍しやすい業務環境の整備の重要性についても触れておきたい。日本企業の本社で海外拠点人材の活躍を阻害する要因の一つに、日本語でのコミュニケーションや、長期雇用により培われた暗黙知を要する意思決定プロセスが存在することに異論は少ないだろう。タレントマネジメントの変革とともに、そうした阻害要因を取り除く努力も必要である。具体的には、本社における英語での就業環境の構築や一部本社機能の海外移転等が考えられる。

 

 

3. まとめ

 

これまで見てきた通り、ネクストノーマルのタレントマネジメント、特に将来の経営層の輩出に向けた施策においては、従来の「国内・海外区分型」から「グローバル一体型」へと転換することが求められる。グローバルで一体的なタレントマネジメントを実行することにより、本社・海外拠点双方の優秀人材を特定・育成を加速し、その可能性を広げることで将来の経営層を継続的に確保できる。そうした変革は、グローバルな「ウォーフォータレント」における勝利に繋がる確かな一歩となるはずだ。

 

 

参考文献

 

Mercer. 2020 Global Talent Trends Study. 2020.

 

執筆者: 藤野 淳史 (ふじの あつし)

組織・人事変革コンサルティング プリンシパル