『ビジネス法務』(中央経済社) 2016年9月号
[特集]社外役員が鍵を握る新しい取締役会の舵取り サクセッション・プランニングにおける社外取締役の役割
コーポレート・ガパナンス改革における一連の施策の中で、役員の「指名」に関する見直しも進み始めている。本稿では、日本企業において必ずしも適切に共有されていない「指名諮問委員会」の役割を改めて確認し「指名諮問委員会」の設計における要点を概説する。
目次
- I 指名諮問委員会の2つの役割
- 最高経営責任者のサクセッション・プランニングの監督
- 取締役会評価・指名
- II 最高経営責任者による監督における要点と指名諮問委員会の役割
- 人材要件に関する議論
- 次期最高経営責任者候補のアセスメント内容の検証
- 候補者の育成方針・計画に関する議論
- サクセッション・プランニングの進捗状況のモニタリング
- III 取締役会評価の要点と指名諮問委員会の役割
- 取締役会の役割の明確化
- 評価の観点の整理
- 評価の実施方法
- 評価結果の検証・開示
- IV 社外取締役の使命と企業側に求められる姿勢
Ⅰ 指名諮問委員会の2つの役割
昨年施行されたコーポレートガパナンス・コードへの日本企業の対応も一巡し、役員報酬の仕組みの見直しや開示内容の充実、報酬委員会の設置等の取組みが進んでいる一方で役員指名についても、指名諮問委員会の設置等、見直しの気運が高まっており、我々のコンサルテイングの現場でも、役員指名に 関するお問い合わせが急増している。
しかし、これまで、多くの日本企業での指名諮問委員会が、必ずしもコーポレート・ガパナンスの本旨に沿った形では運営されてこなかった経緯から、指名諮問委員会の役割をめぐっては、企業担当者の間でいまだ誤解が十分に解けていないと感じる。
指名諮問委員会とは、1 最高経営責任者のサクセッション・プランニングに対する監督、2 取締役会評価・指名を目的に設置されるガパナンス機関である。
- 最高経営責任者のサクセッション・プランニングの監督
日本企業のコーポレート・ガパナンスがモデルとしている米国・英国企業では、「株主による取締役会に対する"ガパナンス"の委任」と「取締役会から最高経営責任者に対する"経営執行"の委任」という二重のプリンシパル=エージェント構造によって中長期的な企業価値向上を図っている。つまり、取締役会における一諮問機関としての指名諮問委員会の役割の主眼はあくまで"ガパナンス"にある。
日本企業では、最高経営責任者以外の業務執行役員の選解任や昇降格も指名諮問委員会のアジェンダに含めて審議されるケースが多く見受けられるが、独立社外取締役を中心に構成される指名諮問委員会が、業務執行役員の現場での仕事ぶりについて詳細を把握したうえで評価を行うのは必ずしも現実的ではない。業務執行役員の人事については取締役会から最高経営責任者に委任されていると考えるのがより自然ではないか。すなわち、指名委員会のサクセッション・プランニングの対象を最高経営責任者に限定してガパナンスを行うとともに、指名諮問委員会の場において最高経営責任者は、業務執行役員の選出に関する考え方やプロセスに関する挙証/説明責任を有しているのであり、社外取締役らの指名委員は、最高経営責任者が行う説明内容の合理性・客観性、説得力について判断を行うという、ガパナンスをする機関としてのあり方が指名諮問委員会には求められるのである。
もちろん、最高経営責任者は執行のヒエラルキーの最上位に位置するため、原理的にサクセッションの監督の主体は上位機関である取締役会にならざるをえない。取締役会のメンバーには、業務執行を担う役員も含まれ、彼らはサクセッションの利害関係を有するため、独立性の高い(利害当事者となる取締役が含まれない)委員会を設置して検討および監督を行う必要がある。指名諮問委員会が、株主の利益が毀損されないよう、 最高経営責任者のサクセッション・プランニングの監督、そしてさらには最高経営責任者の選解任に関して指名諮問委員会としての判断を行う役割を持たせ、牽制を働かせる必要がある。社外取締役を指名諮問委員会の中心とすることの意味は、社外取締役が最高経営責任者の解任動議提出権を有することで、最高経営責任者への直接的な影響力を及ぼすことが可能となることにある。この役割は、最高経営責任者に指名された「部下の(業務執行)取締役」らには期待できないことであり、社外取締役に最も期待される役割の1つであろう。
- 取締役会評価・指名
次に、指名諮問委員会のもう1つの役割として、取締役会評価がある。しかし、これまでの筆者のコンサルティング現場での経験では、取締役会評価の意義は必ずしも十分に浸透しているとは言えず、最も対応に苦慮されているテーマの1つであると感じている。
現状、多くの企業において、取締役会構成の全体観の議論に対して、個別の"人事"の議論が先立っている傾向にあるように思われる。現状の日本における社外取締役マーケットの人材不足に鑑みると、半ば仕方ない側面もあるが、一義的には、当該企業の経営環境等に照らして、「取締役会に求められる役割は何であるか」「その役割を果たすうえで必要なケイパピリティ・経験・多糠性とは何か」「今後、取締役会の実効性・有効性を高めていくための課題は何か」をフラットに議論し、あるべき体制・実質的な討議・意思決定の場となっているかどうかを検証することが取締役会評価の意義であり、それをリードすることが指名諮問委員会に求められるもう 1つの役割である。
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