コンサルタントコラム 713
欧米との比較を通じて、これからの役員報酬マネジメントを考える

近年、日本再興戦略改訂2015、コーポレートガバナンス・コード、関連する諸制度の見直し等の動きにより、日本企業での役員報酬、コーポレート・ガバナンス改革の機運が急速に高まっている。昨年度以降、コーポレートガバナンス・コードへの対応も一巡しつつあるが、今後は、コードの形式要件への「受動的」な対応を脱し、役員報酬を経営の重要なインフラとして戦略的に活用すべく、潮流を先取りしてアクションに備える「能動的」な姿勢が肝要となるだろう。

本コラムでは、紙幅の制約から、様々ある役員報酬トピックの中から日本企業と欧米企業の役員報酬の開示実態の比較を通じて、今後の日本企業の役員報酬マネジメントのポイントとなりそうなテーマをいくつか簡単に紹介したい。

まず、報酬制度の内容面については、日本でも、2010年の内閣改正府令の施行以降、各報酬項目(基本報酬・短期インセンティブ・中長期インセンティブ・退職慰労金等)ともに、その支給水準の決定方法・(インセンティブ報酬については)業績連動の考え方について開示が求められている。コーポレートガバナンス・コードの後押しもあり、その記述内容は年々充実化していることが伺えるものの、欧米の開示内容と比較すると、未だ十分な開示がなされているとは言いづらい。総報酬水準の設定方針、インセンティブ報酬の業績連動の考え方を例にとり、日本と欧米企業の開示内容の違いについて見てみよう。

総報酬水準の設定方針については、日本では、株主・投資家との利害共有が求められる上場企業であっても、役員に対する十分な動機付け、市場競争力の担保等の抽象的な説明に留まるケースが多く、企業全体の戦略との連関等の具体的な内容に触れられることは少ない。

一方、欧米では、戦略の実現に必要なケイパビリティを確保すべく、「War for Talent」を強く意識した上で、ピアグループ(Peer Group)企業の水準との比較を基に、明確な方針が説明されるケースが多い(ピアグループにおけるパーセンタイル値を明記する企業もある)。

また、インセンティブ報酬の業績連動の考え方についても、日本では、短期インセンティブ報酬の標準支給額、下限・上限支給額や、毎年の業績目標との関係(インセンティブカーブ)を整理し、明確に開示している企業は少なく、業績連動の実態は依然として分かりづらい。加えて、中長期インセンティブについても、ストックオプション・株式報酬ストックオプション等、株価のみに連動したスキームを採用した上で、その選択理由を簡易に述べるに留まっているケースが多い。

一方、欧米では、短期インセンティブについて、インセンティブカーブの開示により支給額と業績の関係を明確にしているだけでなく、中長期インセンティブにおいては、パフォーマンスシェア等の業績条件が付与された株式報酬が広く活用されており、「Relative TSR」等の業績指標により権利確定水準が決定される旨もあわせて開示されている。「Relative TSR」とは、「株主総利回り(株価上昇率と配当利回りの合計)」を競合企業等とRelative(相対的)に比較し評価する指標のことを指す。つまり、欧米では、インセンティブ水準と、その企業の業績状況、ひいては、競争環境における相対的なパフォーマンスがリンクしていることを株主・投資家に明示することで、利害共有をアピールし、リスクマネーの喚起を狙っている。

上記のほかにも、短期インセンティブでの(非財務指標を含む)より戦略的な業績指標の設定や、業績連動性の高い中長期インセンティブの設計、Anti-Hedging/Anti-Pledging Policy等の株主と利害共有を狙ったプラクティスへの対応等、日本と欧米企業の役員報酬開示における彼我の差を挙げればキリがないのが実態である。

また、現時点の日本での報酬水準については、その会計年度における全取締役に対する報酬項目別の支給総額の開示は求められているものの、個別開示の対象は総報酬1億円以上の取締役に限定されている。一方、米国ではCEO、CFO、およびそれ以外の報酬上位3人の経営幹部(Named Executive Officers=NEOs)の個別報酬開示が求められている等、欧米では報酬の個別開示が進んでいる。

加えて、米国では、複数の報酬概念(Realized Pay、Realizable Pay等)のデータを付加的に開示する動きもみられる。「Realized Pay」とは、当該経営幹部がその会計年度中に実現・確定した報酬水準を指し、ストックオプションや譲渡制限付株式等の権利確定・行使を通じて得られた報酬を含む概念である(いつ付与されたかは問わない)。

一方、「Realizable Pay」とは、当該経営幹部が将来において実現できる報酬の期待値を指し、その会計年度中に付与されたLTIの価値を含む概念である(その時点で権利確定・行使されているかどうかは問わない)。これまでの米国企業の開示文書における「報酬一覧表」(Summary Compensation Table)上の値は、実支給水準(基本報酬・現金インセンティブの支給額実績等)と将来実現する報酬の現時点での期待水準や目標水準(株式報酬の公正価値等)が混在した水準であり、業績と報酬の関係が適切かどうかを判断する上では必ずしも充分な材料にはなってない、との反省が背景にある。

これら、Realized Pay、Realizable Payの開示は、業績と報酬の関係を検証するために新たに定義された報酬概念であり、株主・投資家への説明責任の更なる向上に寄与する動きと捉えられる。日本企業においても、将来的にこのレベルの報酬水準の開示に耐えられるよう、ベースとなるインセンティブ報酬の業績連動の考え方を確立しておく必要がある。

近年のわが国の政府・関連省庁による役員報酬、コーポレート・ガバナンス関連の施策群を見る限り、欧米でのプラクティスを積極的に取り入れ、環境整備に注力していることが分かる。前述した米国における報酬開示のプラクティスが、近い将来の日本企業におけるスタンダードとなる可能性が高いと考えておいた方が無難であろう。

当然、上記の日本・欧米のプラクティスの違いには、プロ経営者の多寡や、経営者の労働市場の流動性、一般的な株主構成の違い等が反映されているが、今後、日本企業が海外投資家も意識しマネーを呼び込むためには、上記のグローバルスタンダードの開示レベルに徐々に近づけていくことが求められるだろう。そのためにも、制度に実が伴っていなければ、高度の開示レベルに対応した説明責任の担保はおぼつかない。報酬委員会等での議論を通して、報酬全体のポリシー、インセンティブ報酬の業績指標およびその選定の考え方等、報酬制度の根幹となる考え方について、対外的公表に耐えうるレベルまで議論を深めていく必要がある。

各企業の役員報酬担当者には、今後拡充されていく法令やソフトローに対し後手に回り、付け焼刃の対応を迫られることのないよう、報酬開示に限らず、年々洗練される欧米のコーポレート・ガバナンスや役員報酬マネジメントの最新動向を注視し、より実質的な役員報酬マネジメントを構築して頂きたい。