マーサーアカデミックコラム 第2回
スピンオフ企業の親子関係 — 親企業の干渉とパフォーマンス—

日本におけるスピンオフ

目まぐるしく事業環境が変化する時代の中で、アジャイルな事業再編が日本企業の生存競争に不可欠なのは論をまたないだろう。昨今、M&Aの中の新たな選択肢としてスピンオフが注目を浴びている。スピンオフとは特定の事業や完全子会社を切り出して独立の会社とする事業再編の手法だ。

 

米国と違い、日本では長らくスピンオフによる譲渡損益と配当が課税対象となっていたため、事業再編の選択肢になりづらかった。一方、2017年度税制改正により、日本でも新たにスピンオフ税制が導入され、適格要件 1を満たせば事業再編手法の有力な選択肢として認められるようになった。これらの事情も踏まえ、本コラムでは、スピンオフの利点について再確認するとともに、普段語られることのないスピンオフ企業の成功要因について紐解き、日本企業の事業再編手法に示唆を提供したい。

 

スピンオフの効果

スピンオフの効果とは、一言でいえば、経営資源の選択と集中である。独立元の親会社は主力事業に集中することが可能となるとともに、スピンオフ企業は親会社の事業制約に捉われない柔軟かつ大胆な事業の展開が可能となる。例えば、『「スピンオフ」の活用に関する手引』(経済産業省, 2018)2では、スピンオフの効果について次のようにまとめている。

 

経営の独立による効果
  • 元の会社の経営者は中核事業に専念することが可能に
  • スピンオフされた会社は迅速、柔軟な意思決定が可能に。経営者や従業員のモチベーションも向上
資本の独立による効果
  • スピンオフされた会社の独自の資金調達により、従来は埋没していた必要な投資が実施可能に
  • 一方の会社のみを対象として第三者が出資することが容易に
  • スピンオフされた会社の株式の価値に連動した株式報酬の導入が可能に
  • スピンオフ実施前は自社グループの競合相手であった会社とも取引することが容易に
  • 企業結合を行う場合に併せてスピンオフを活用することで、独禁法の企業結合規制に制約されにくくなる
上場の独立による効果
  • 各事業のみに関心のある投資家を引きつけることが可能に
  • コングロマリット・ディスカウント3の克服

 

スピンオフの効果を上述したが、効果は十分認識しているにも関わらず、その実行が難しいことにジレンマを感じている方も多いのではないだろうか。株主規律が大きく利く米系企業モデルでは、経営陣が株主利益の最大化に向けてIncentiviseされている。米国企業は機能体的性質が強く、スピンオフが株主利益に直結すると判断できれば実行に踏み切るだろう。それに対して日系企業モデルでは、メンバーシップ型モデルの中で、より共同体的性質が強い。親会社グループに所属していること自体が安心感やプライドにつながっている面もあるのではないだろうか。長年かけて形成された共同体から切り離されることには大きな抵抗が生じ、相当の社内政治的なプロセスを乗り越える必要がある。

 

一方、コーポレート・ガバナンス元年といわれる2015年以降、さまざまなステークホルダーへのアカウンタビリティを果たすことが日本企業にも求められるようになった。今後は、株主利益をより強く追求する経営を行うことが必要となる。もちろん、企業の体質は一朝一夕に変わるものではなく、事業再編における一定の困難さは残り続けるだろうが、企業に求められる責任や経営の在り方についての考え方が変わってきているこのタイミングで、企業価値向上のための1つの選択肢として改めてスピンオフに目を向け、その理解を深めておくことは有意義ではないだろうか。

スピンオフ後の親子関係とパフォーマンス

現状、日本におけるスピンオフ税制導入後の事例はコシダカHD 4の1件のみであり、そのため、日本のスピンオフを対象とした実証研究は見当たらない。しかし、グローバルでは広く浸透している事業再編手法であり、2021年には227件ものスピンオフが行われた 5。昨年度にスピンオフを実施した企業の一部(例えばGE, Johnson & Johnson, Dell, Prudential, Daimler)を垣間見るだけで、その浸透ぶりが理解できるのではないだろうか。では、スピンオフ後のパフォーマンスの高低を分ける要因とは、一体何なのだろうか?今回は、スピンオフが数多く実施されている米国の実証研究を紹介しながら、解決の糸口を探りたい。

 

Strategic Management Journalに掲載された『スピンオフ後の親子関係が、スピンオフ企業のパフォーマンスに与える影響』6という論文を取り上げてみよう。Semadeni教授らは、1986年から1997年にかけて米国の上場会社が発表した142のスピンオフ企業 7(旧親会社から新規独立した企業) を対象に、スピンオフ後の5年間における株式リターンがどのように変化したのか追跡調査を行った。

 

本論文では、旧親会社の干渉とスピンオフ企業の業績について非常に示唆深い結果を示している。旧親会社のスピンオフ企業への干渉が強まるほど、スピンオフ企業の株式リターン 8が産業平均よりも低くなっていたのだ 9。それでは、旧親会社の干渉とは何を示すのか。旧親会社とスピンオフ企業のつながりとして、本文中では①旧親会社による株式の継続保有と、②旧親会社出身の取締役による監督の2つの要素に着目している。

 

まず、一つ目の旧親会社による株式保有の観点から見てみよう。旧親会社による株式保有によって、親会社から継続してサポートを受けられるという利点が考えられるため、スピンオフ企業のパフォーマンスにはプラスに働くように思われる。しかし、検証結果はその逆であったのだ。旧親会社による株式保有によって、スピンオフ企業は旧親会社のプロセスや手順、技術などから逸脱することが制限され、最終的に市場パフォーマンスの低下を招いてしまっていたのである。

 

次に、旧親会社による取締役派遣の観点からも興味深い示唆がある。スピンオフ企業の取締役会のメンバーに旧親会社の関係者が参加することは、事業に精通した監督者を招き入れるという点で理にかなっている。事実、本論文でも、旧親会社の関係者を、取締役会議長、もしくは取締役会メンバーへ任命した場合には、スピンオフ企業の株式リターンが高まるという結果が出ている。

 

しかし、上記の両方が満たされる場合(すなわち、旧親会社の関係者が取締役会議長に就任し、かつ、他の関係者が取締役会のメンバーに就任する場合)10、株式リターンが低くなるという結果になっていたのである。言い換えるならば、旧親会社出身の取締役はスピンオフ企業の情報をより多く有するため、監督に関わることが有利に働く側面もある一方で、その監督が強すぎる場合にはスピンオフ企業の独立を阻害し、結果、業績を低下させてしまっていたのだ。

 

上記を整理すると、スピンオフ企業の成功の糸口とは、旧親会社が過度に関係性を残さないことにあった。スピンオフ本来の目的である、経営の独立から逸脱してしまうと、スピンオフ企業の成長に悪影響を及ぼしてしまう可能性が分かったのである 11

実務における示唆

旧親会社とのつながりがスピンオフ企業のパフォーマンスに影響を及ぼし得るという結果は、親会社との関係性に悩む子会社の役職員にとってはうなずけるものかもしれないが、こういった感覚が、実はアカデミックな観点でもあながち外れていないという点に重要な示唆があるのではないか。もちろん、学術の世界が、あるテーマを一般的・客観的な事象として捉えるのに対して、実務の世界では個別の事情を加味することも必要だ。例えば、スピンオフされる事業や子会社の位置付け、スピンオフする理由や事業構造上の課題、などによってもスピンオフ後のパフォーマンスが変わる可能性もあるだろう。

 

本論文は、旧親会社がスピンオフした会社に関与することには相当慎重になるべきであると示唆している。仮に関与が必要な場合においても、その関与の在り方は謙抑的であるべきではないだろうか。ここで一点注意すべきは、本論文で示された結果は「盲目的に関係を切り離すべき」ということではなく、「過度な関係の継続は望ましくない」ということである。

 

スピンオフされた会社について、多くの情報を持つ旧親会社との関係維持を期待する株主もいるだろう。適度な監督を受けながらも会社として独立していくことが企業価値の向上に繋がると考えるべきだ。親は子を適度に見守りながらも胆力を持って行く末を託すこと、子は独立独歩で親からのバトンを受け継いでいく気概を持つことが求められ、まさに企業にも、良好な親子関係を築くことが必要であると言えるのではないだろうか。

***

 

1 適格要件の詳細は、税務の専門家にご確認いただきたい。

2 URL: https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/20180829.pdf 

3 コングロマリット・ディスカウント:複数の事業を営んでいる場合に、それらを個別に営む場合よりも、事業価値の総和が市場で低く評価されること。

4 2020年3月2日に、コシダカHDの完全子会社であったカーブスHDが新規上場し、カーブスHDの全株式を現物配当により株主に分配するスピンオフが行われた。

5 2021年のディール件数は2011年以降で最多を記録した。https://news.bloomberglaw.com/bloomberg-law-analysis/analysis-ytd-spinoff-deal-count-is-the-highest-since-2011

6 Semadeni, M., & Cannella Jr, A. A. (2011). Examining the performance effects of post spin‐off links to parent firms: should the apron strings be cut? Strategic Management Journal32(10), 1083-1098.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smj.928
本文の取得には、個人での購入、もしくは大学等の研究機関から発行されたアカウントが必要となるが、要約や各巻の目次等は公開されている。

7 1986年から1997年におけるNew York Stock Exchange (NYSE)、American Stock Exchange (AMEX)、NASDAQの上場企業が発表した全てのスピンオフを対象としている。The Center for Research on Security Prices (CRSP)とThe Securities Data Corporation (SDC)からサンプルを特定し、The Wall Street Journal, Lexis/Nexis, Commerce Clearing House (CCH) Capital Changes Reporterから、スピンオフの発表日と完了日を特定している。なお、スピンオフについて、以下の4つの条件を満たすもののみをサンプルとしている。①発表日と完了日が特定できること、②旧親会社がスピンオフされた会社の株式を80%以上売却していること、③スピンオフが政府の規制等ではなく、自発的なものであると判断できること、④スピンオフされた会社も上記いずれかの証券取引所に上場していること。

8 会計年度初日に1ドルで投資した場合の年度末の株式リターンと同義であり、産業の平均値により標準化したものを使用している。

9 Time-series cross-sectional GLSモデルにより検証している。また、検証においては、スピンオフ後の親子関係以外の要因をコントロールするために、スピンオフ企業の株式リターンに影響を及ぼす可能性のある複数の変数(スピンオフされた会社の企業規模、スピンオフからの経過年数、対象サンプルのYearダミー)もモデルに組み込んでいる。また、本編に記載の検証の他に、スピンオフ前の事業構造の違いを考慮した検証も行っており、垂直統合された事業を切り出しているか、多角化戦略の一部の事業を切り出しているか、核となる事業とは無関係の事業を切り出しているかの3つの分類で同様の検証を行っている。分析に関する詳細は、本論文のp1092-1095で確認いただきたい。 

10 理論上、旧親会社の関係者がスピンオフ企業の取締役に二人以上就任することもあり得るが、本論文の調査では当該事例はほとんど見受けられず、そのような事例を除いた場合でも検証結果に影響がなかった。 

11 本論文を読み解く上での注意点を補足しておきたい。本論文では、1986年から1997年のスピンオフを対象としているが、市場環境の変化や技術革新、企業に求められる意思決定のスピードの変化等を踏まえると、現在の経営環境にそのまま置き換えて考える場合には注意が必要である。スピンオフという事業再編手法そのものの効果も当時と今では異なる可能性もある。また、論文内では、上記と別に研究の限界についても述べられている。パフォーマンスの指標として財務業績ではなく株式リターンを使用していること、スピンオフされた会社の経営者の株式保有割合をコントロールしていないこと等が挙げられている。詳細は、本論文のp1096で確認いただきたい。

 


執筆者

松尾 法哉(まつお かずや)

松尾 法哉

松尾 法哉(まつお かずや)

組織・人事変革コンサルティング部門 アソシエイトコンサルタント

監修

土井口司

土井口司

土井口 司(Tsutomu Doiguchi )

Senior Graduate Assistant at Walton School of Business, University of Arkansas

戦略人事/人的資源を専攻し、主に人事制度と人材の差異が企業業績へ与える影響、およびそのメカニズムを研究している。住友電気工業、マーサージャパンで人事実務・コンサルティング業務を経験し現在に至る。マーサージャパン在籍時は人事戦略策定、人事制度設計、M&Aに伴う人事DD・組織統合(PMI)、役員報酬制度改定等のプロジェクトを中心に国内外企業を支援。京都大学法学部卒業、コーネル大学MILR(HR & Organizations Concentration)修了。

大矢隆紀

大矢隆紀

大矢 隆紀(Takaki Ohya )

Doctoral Student at Raymond J. Harbert College of Business, Auburn University

京都大学経済学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了後、マーサージャパンを経て現在に至る。マーサージャパン在籍時は主に国内外のグローバル企業を対象に、人事制度設計、グローバルグレード導入、M&Aに伴う組織統合(PMI)、役員報酬制度改定、ジョブ型人事制度導入等のプロジェクトに従事。現在は大学院の博士課程にて組織行動論を専攻し、リーダーシップ、ウェルビーイング、ワーク・ライフ・バランス等のトピックに関する研究を行っている。