マーサーアカデミックコラム 第5回
“ちょっとした”感謝が従業員の利他行動を動機付ける

コロナ禍で従業員の利他行動が行われづらくなっている

職場における助け合いは、職場や従業員に対して良い影響をもたらす重要な行動である。例えば、職責、年齢、組織・チーム等に関わらず、助け合いは情報の共有や相互理解を深める。また、保有していないスキル・新しい挑戦に対する支援は、支援者・被支援者に関わらず、スキルの習得・使用機会等、経験や気付きを含め、多くの付加価値をもたらす。このように、職場における助け合い、すなわち従業員の利他行動は非常に重要といえるだろう。

 

そんな中でパンデミック宣言から早3年近く、職場における従業員の物理的な関わりが減ってきている。コロナによって数々の交流機会の中止や延期が求められてきた。また、コロナ前に比べると、リアル・リモートのハイブリッドな働き方が浸透し、社内外の打合せはWeb会議が定常化した会社も多い。これによって場所・移動時間等を考慮せずに、より効率的に仕事が行えるようになった。一方で、仕事以外の雑談、他部署との自然な流れの中での会話・相談、職場での偶然な出会いやそこからの情報交換等、所属組織を超えた協働や仕事以外のコミュニケーション機会は減ったようにも感じる。その結果、コミュニケーションの中で自然に行われてきた職場での従業員間の利他行動にまで影響が及んでいる。

 

では、今後においてコロナとの共存および、リアル・リモートを用いた働き方がより定常化していくことが想定される中、どうすれば従業員の利他行動を増やしていけるのだろうか。そのヒントが他者からの感謝である。

 

他者からの感謝は、周囲からの評価やつながりの実感を生み出し、利他行動を促す

TEDカンファレンスでのスピーチや、著書『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』でも知られるペンシルべニア大学のAdam Grant教授らが発表した論文を紹介する。アメリカ心理学会発行の学術雑誌Journal of Personality and Social Psychologyに2010年に発表した論文「小さな感謝が大きな力に:なぜ感謝表現が向社会的行動(利他行動)につながるのか」1(筆者意訳)において、米国の大学生・大学院生等を対象に、①他者から感謝されることが利他行動2へ与える影響と、②その心理的なメカニズムの調査を行った。3どのような調査・結果なのかについてはこの後、説明しよう。

 

まず、研究参加者は、生徒に扮した研究者(依頼者)から他学生の就職活動用のカバーレター4添削を依頼される。その1通目のカバーレター依頼に参加者が応えた後に、依頼者から2通目のカバーレター添削が頼まれ、その際に参加者の半数(35名)には1通目の添削に対する感謝(“Thank you so much! I am really grateful”)が伝えられた。一方、残りの半数(34名)には感謝の言葉が伝えられなかった。その結果、“ちょっとした”感謝表現ではあったが、感謝を受けた参加者は感謝を受けなかった参加者に比べて、次のカバーレターの添削支援を行う可能性が2倍以上であった。

 

また、上記とは別に実際の職場環境を用いて、大学卒業生への寄付依頼を行っている大学のコールセンター従業員に対するフィールド調査も行われた。先ほどの実験同様に、感謝の有無をコントロールするため、従業員を半数にわけ、感謝有無によって寄付依頼の電話をかける回数が増加するかについて検証された。具体的には、寄付依頼活動中の従業員半数(20名)のみに感謝(I am very grateful for your hard work. We sincerely appreciate your contributions to the university)が伝えられ、残りの半数(21名)には感謝の言葉が伝えられず、その後の寄付依頼の電話をかける回数が検証された。その結果として感謝を受けた従業員は、通常の週平均より50%以上多くの寄付依頼の電話を掛けることが示された。

 

これらの調査結果等5から他者から感謝されることで利他行動が増える傾向が示唆された。そして、その背景には“他者から評価された”、“周囲とつながっているんだ”という「社会的価値」(Social Worth) が心理的なメカニズムとして確認された。自分の行動が他者の助けになると実感できるほど、より継続して他者を助けるようになったのである。

 

本論文を読み解く際の注意点

本論文を読み解く際の注意点を2つ補足しておきたい。

 

1点目は、今回の実験では、感謝を伝えてきた相手との関係性による影響は考慮されていない。この人に感謝をされたら、つい支援してしまう。次の利他行動への活力を感じる。といった人の行動心理は自然だろう。感謝を伝えてきた相手が仮に同じ先輩であっても、お世話になった先輩と、これまであまり接点のない先輩では、“ちょっとした感謝”のインパクトは異なることを想定する。例えば、偉大で尊敬する先輩からの感謝は、報いる事ができた喜び・達成感にもなり得るし、または、これまでは会話がしにくいと感じていた先輩からの感謝は、親しみや安心感にもなり得る。こうした、感謝の受け取り方も相手との関係性によって異なり、次の利他行動を行う割合、回数、時間(返答時間や実施時間等)、内容等、様々な観点で差が示される可能性は大いに考えられる。

 

2点目に、今回の実験では、感謝の表現や内容およびタイミングによる影響は考慮されていない。現実的には、感謝の言葉の内容や、受け取るタイミングによって、“他者から評価された”、“周囲とつながっているんだ”という実感が強くも弱くも変化するだろう。加えて、その感謝の実感が動機付けの度合いに大きく影響することも考えられる。

 

実務における示唆

本結果を踏まえた、実務上で参考にできるポイントを2点提示したい。

 

1点目に、“他者から評価された”、“周囲とつながっているんだ”という「社会的価値」の心理的メカニズムが、感謝を利他行動へとつなげている点を踏まえると、感謝を伝える際は、受け手が評価やつながり等の実感を持ちやすいような表現方法を工夫したい。例えば、感謝を伝える言葉は、一般的に具体的である方が良いと考えられる。仮に皆さんが会議資料を作成した際に、次のどの感謝の言葉を受けとると一番嬉しいだろうか。「ありがとう」、「忙しい中、資料をありがとう」、「忙しい中、沢山のソースの情報を見やすく資料を纏めてくれてありがとう。あなたにお願いして本当によかった」。紛れもなく、最後の感謝の表現が最も嬉しいだろう。是非、感謝は、タイミングを逃さず、具体的に伝えていただきたい。

 

2点目に、リモートワークとリアルワークが共存する環境下では、感謝の表現を1対1で終わらせることなく、周囲とのつながりを実感できる場の設定や、感謝を組織やチームで共有化できるといった工夫が重要ではないだろうか。例えば、ソーシャルプラットフォームを通じて、従業員間で日頃の仕事の成果や行動に対する感謝や称賛のメッセージ等を送り合うサービスは急速に普及している。このような感謝とつながりの実感を意図的に橋渡しする取り組みは、より意識的に行うべきである。また、取り組みの検討・運用においては、配慮すべき点も補足しておきたい。例えば、“感謝を示さなければ”というプレッシャーが強くなった結果、感謝が形式的なコミュニケーションにならぬよう留意が必要だ。加えて、公でオープンな場を前提としたコミュニケーションに偏りすぎると、周囲の反響や目線等が気になり、感謝が自然と表現しづらくなる可能性も考えうるため、従業員にとって感謝を伝えることへのハードルが上がらないよう配慮すべきだろう。職場ごとのコミュニケーションで自然に馴染み、“一体感”、“ワクワク感”といった面白さ等を感じられる演出も意識するとより良い取り組みになるのではないだろうか。

 

最後に“ちょっとした”感謝は相手を前向きな気持ちにすることができ、誰もが意識することで実践可能である。しかし、日頃の仕事・生活を振り返ってみると、私も含め、その“ちょっとした”感謝ですらできていない瞬間がある事も事実である。日常の“ちょっとした“感謝表現が増えることで、個人・組織が共鳴しポジティブな職場環境を作り上げることを期待したい。

 

***

 

1 Grant, A. M., & Gino, F. (2010). A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 98(6), 946–955.

2 厳密には「向社会的行動(prosocial behavior)」が定訳であるが、一般的な語彙ではないことから、以下ではほぼ同義である「利他行動」と訳出

3 実験の概要:
実験1:就職活動用のカバーレターの添削(大学生・大学院生計69名が参加)。研究参加者はエリックと呼ばれる研究者が偽装した生徒のカバーレター添削を依頼される。参加者が添削を行った後、研究者が偽装したエリックが再度2通目のカバーレターの添削依頼を参加者へ依頼した。その依頼の際、参加者の半数に1通目の添削に対して感謝がなされ(Thank you so much! I am really grateful.)、残りの半数の参加者には感謝の言葉がないまま依頼が行われた(35名は感謝表現有り、34名は感謝表現無し)。1通目の添削に対する感謝が、2通目の依頼の実施率に影響を及ぼすのか、またその心理的なメカニズムを検証。
実験2:就職活動用のカバーレターの添削(大学生・大学院生計57名が参加)。基本的には実験1と同じサイクルであるが、実験2では1通目の添削依頼者(エリック)と2通目の添削依頼者(スティーブン)を別人にして実施。実験1と同じく、研究参加者の半数は1通目の添削後にエリックから感謝を受け(実験1と同じ感謝表現)、残りの半数は添削に対する感謝を受けないまま、2通目の添削依頼を受けている(29名は感謝表現有り、28名は感謝表現無し)。過去に受けた感謝の有無が、感謝を述べた当事者以外へのサポートにつながるのかを検証。
実験3:大学卒業生からの寄付を募るコールセンター業務(実際のコールセンター41名が参加)。研究参加者の半数は担当ディレクターから直接感謝の言葉を受け(I am very grateful for your hard work. We sincerely appreciate your contributions to the university)、残りの半数は感謝の言葉を受けなかった(20名は感謝表現有り、21名は感謝表現無し)。ディレクターによる感謝の有無が、その後のコールセンター業務の生産性(所定時間における電話の回数)に影響があるのかを検証。
実験4:就職活動用のカバーレターの添削(大学生79名が参加)。実験3の結果がディレクターによる訪問の影響(対人相互作用)か、感謝による影響かを区別するために追加の検証を実施。実験室に召集された研究参加者はエリックと呼ばれる学生のカバーレター添削を研究者から依頼される。その後、エリックに扮した研究助手が参加者の前に現れ、参加者に対して2通目のカバーレター編集を依頼した。半数の参加者は直接エリックから感謝の言葉を受け(Thank you for your feedback)、残りの半数はエリックと対面したものの感謝の言葉を受けなかった(40名は感謝表現有、39名は感謝表現無し)。感謝の有無が、2通目の添削へのサポートにどれだけ影響を与えるのかを、添削に要した編集時間を基に検証。

4 カバーレター:履歴書に書ききれない、表現しにくい事、志望動機なども含めて自己アピールをするための手紙形式の書類

5 実験の結果
調査テーマ①

  • 実験1:感謝を受けた研究参加者が再びカバーレターの添削支援を行う可能性は、感謝を受けなかった参加者に比べて2倍以上(25%→55%)であった
  • 実験2:感謝を受けた研究参加者が再びカバーレターの添削支援を行う可能性は、感謝を受けなかった参加者に比べて2倍以上(32%→66%)であった。更に、感謝を受けた参加者は、感謝をしてきた人以外にも支援の手を差し伸べることが分かった(感謝による利他行動の波及効果を確認)
  • 実験3:感謝を受けた研究参加者は、通常の週平均よりも50%以上多くの寄付依頼の電話を掛けた
  • 実験4:感謝を受けた研究参加者は、平均よりも15%以上長く、カバーレターの添削に時間を費やした

調査テーマ➁

  • 実験1~4においていずれも、感謝を受けた研究参加者が、他者をサポートするようになる理由は、感謝を受けたことによりSocial worth(自身の支援が他人に対して重要であるという認識)が高まったことにあったと結論付けている。

 

 

 


執筆者

保田 健自

保田 健自

保田 健自(やすだ けんじ)

組織・人事変革コンサルティング アソシエイトコンサルタント

監修

大矢隆紀

大矢隆紀

大矢 隆紀(Takaki Ohya )

Doctoral Student at Raymond J. Harbert College of Business, Auburn University

京都大学経済学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了後、マーサージャパンを経て現在に至る。マーサージャパン在籍時は主に国内外のグローバル企業を対象に、人事制度設計、グローバルグレード導入、M&Aに伴う組織統合(PMI)、役員報酬制度改定、ジョブ型人事制度導入等のプロジェクトに従事。現在は大学院の博士課程にて組織行動論を専攻し、リーダーシップ、ウェルビーイング、ワーク・ライフ・バランス等のトピックに関する研究を行っている。

土井口司

土井口司

土井口 司(Tsutomu Doiguchi )

Senior Graduate Assistant at Walton School of Business, University of Arkansas

戦略人事/人的資源を専攻し、主に人事制度と人材の差異が企業業績へ与える影響、およびそのメカニズムを研究している。住友電気工業、マーサージャパンで人事実務・コンサルティング業務を経験し現在に至る。マーサージャパン在籍時は人事戦略策定、人事制度設計、M&Aに伴う人事DD・組織統合(PMI)、役員報酬制度改定等のプロジェクトを中心に国内外企業を支援。京都大学法学部卒業、コーネル大学MILR(HR & Organizations Concentration)修了。