マーサーアカデミックコラム 第4回
同族経営かプロ経営か?第3のアプローチとしてのType R Succession

「同族経営」のメリット・デメリット

本コラムの構成

本コラムの構成

同族経営は企業業績にどのように影響するのだろうか。日本に現存する同族経営企業は、古くは578年に創業された株式会社金剛組1や717年に創業された法師旅館にまでさかのぼる。1000年以上、長きにわたって同族経営を続けてきたとは驚きである。私たちは「同族経営」と聞くと、直感的に同族ゆえの温情人事やガバナンスの揺らぎなど悪いイメージを連想してしまうかもしれない。一方、日本においては上場企業の5割近くが同族経営企業である2と言われており、同族経営企業に何らかの経営合理性があるとも想像できる。

 

本コラムでは、Strategic Management Journalに投稿された、日本企業の事例を基に同族経営を継続する上での影響を検証したシンガポール国立大学のChang教授らの論文3と、イタリア企業の事例を基に非同族による経営が同族による経営に戻ることによる企業業績への影響を検証したボッコーニ大学のAmore教授らの論文4を紹介し、同族経営が企業業績に与える影響に筆者なりの検討を行いたい。

 

なお、 「同族経営企業」は文献により様々な定義が試みられているが、画一的な定義はなされていない。Changらの研究では、同族企業(family firm)として、「創業者またはその家族が5%以上の株式を保有し、創業者またはその家族が経営トップの地位にある」5という条件に当てはまる企業をサンプルとしている。一方、Amoreらの研究では、「同族が50%以上(上場会社の場合は25%以上)の株式を保有している」という条件に当てはまる企業をサンプルとしている。

 

同族経営のメリットは、直感的には、後継者決定のスムーズさ、継承に向けた準備の親密さ、意思決定の迅速さ、経営理念・方針の浸透のしやすさなどが考えられる。今回参照する2つの論文では、同族経営のメリットを①株主・経営者がともに同族であるためプリンシパル・エージェント問題6に晒される可能性が比較的低いこと、②早期の後継者選択や親密な師弟関係から、ビジネス知識や創業家が持つステークホルダーとの関係資産を継承しやすいことと整理している。

 

一方、これらの論文では、同族経営の継続は、同族を重視した人材配置や温情人事が企業内に定着してしまい、企業内に実力主義が根付かない、縁故採用が跋扈する、家族のレガシー(同族の定めた社訓、行動規範など)が悪影響を及ぼすなどのデメリットがあると整理している。同族経営が企業パフォーマンスに与える影響は、いまだ結論が定まっておらず、様々な観点から検証がなされている。

 

安易な同族経営の継続は経営に悪影響を与える?

同族経営は実際に会社業績にどのような影響を与えるのだろうか。Changらは、日本の同族経営企業をサンプルに、同族経営者から非同族経営者へのCEOポジションの交代が、企業業績に与える影響を検証している。

 

Changらは、上場時に同族経営企業であった日本企業2,109社7のうち、1962年から2004年に経営者交代が確認された日本企業1,152社を研究サンプルとしている。そのうち、559社では同族経営が継続され、386社では非同族経営者がCEOポジションに就いている8。これらのサンプルを基に、総資産営業利益率(OROA: operating return on assets)9を用いて、同族経営企業において非同族経営者がCEOポジションに就いた後の3年間の企業業績を検証し、以下の内容を明らかにしている。

 

  1.  同族経営企業のうち非同族経営者がCEOポジションに就いた企業では、同族経営を継続する企業と比較して業績(OROA)が向上した
  2.  Aは、一般的な「経営者交代というイベントによる業績向上効果」によるものではなかった
  3.  同族の株式保有率10が高い場合、Aの効果が顕著であった
  4.  経営者の交代後に、前任の同族CEOが企業内のいかなるポジション11からも退任する場合、Aの効果が顕著であった
  5.  企業名に同族の名称がない場合12、Aの効果が顕著であった
  6.  同族である創業者が非同族経営者にCEOポジションを交代する場合は、Aの効果は確認できなかった

 

これらにより、Changらは創業者以外の同族経営者が非同族経営者にCEOポジションを交代することで、非同族経営者がその手腕を発揮し、企業業績を向上させる可能性が高いことを示唆している。さらに、Changらによると、同族が株主として非同族経営者の行動を管理し、緊張を与える立場にある場合には、さらなる業績向上が期待できるとしている。また、同族が社名や社訓に名前を残すなど、黙示的に経営者・社員の行動に影響を与えたり、実際に影響力を行使したりする場合には、非同族経営者の行動を阻害するおそれもあるという。

 

上記より、非同族経営者は同族経営企業の業績を向上させる存在として期待できると、Changらは一定の結論付けをしている。また、同族経営企業が非同族経営者に経営を任せる場合には、その行動を管理しつつ、実際には影響力を行使しないことが望ましい点も、Changらは示唆している。

 

非同族経営者への転換は、企業業績に好影響を与える可能性がある

非同族経営者への転換は、企業業績に好影響を与える可能性がある

 

 

同族経営の継続は企業経営にとって本当に悪影響なのか?

Changらによる研究結果だけを見ると、「同族経営企業は非同族経営者にCEOポジションを任せるべきである」という結論に向かいかねない。しかし、同族経営は企業業績に悪影響を与えると結論付けて良いのだろうか。同族経営が企業業績にポジティブに働きかけるケースがあることを検証している論文を合わせて紹介したい。

 

Amoreらは、一度外部の非同族経営者による経営が行われた後、創業家が経営に復帰するモデルを“Type R succession (Rは”Return to a family CEO"を指す)”と提唱している。その一例として、「2009年に非同族経営者から社長ポジションを引き継いだ創業家の豊田章男氏が、リコール問題に揺れる会社を立て直し、業績を改善させたトヨタの事例」「非同族経営者が一定の成功を収めた後、同族経営に戻り、更なる業績向上を遂げたエルメスの事例」が紹介されている。

 

Amoreらによると、Type R successionは同族経営、プロ経営のいずれの”うまみ“も享受できる可能性があるという。まず、非同族経営者による経営は、企業内に実力主義や、しがらみなく合理的判断が出来る風土を浸透させる。これにより、同族経営のデメリットである温情人事や、実力に基づかない人材配置を排除できる。その後、同族経営に立ち戻り、企業は合理的・実力主義の風土を礎に、同族の中で脈々と受け継がれてきた有形・無形資産(家名、信用、暗黙知、人的ネットワーク)を活用でき、業績を向上させる可能性があるとしている。

 

Amoreらは、イタリアの同族経営企業13の事例を基に、Type R successionが企業業績に与える影響を検証した。Amoreらの検証では、売上高2,000万ユーロ以上かつ、2000年から2016年の間に非同族経営者が退任した企業489社をサンプルとした。14これらのサンプルを基に、Type R successionが企業業績(ROA)に与える影響を検証し、以下の内容を明らかにしている。

 

  1.  Type R successionを経験した同族経営企業では、非同族経営者による経営が継続する同族経営企業よりも企業業績(ROA)が向上した
  2.  最先端技術を扱う企業15では、Type R successionによる業績向上効果が減衰した、あるいは確認できなかった
  3.  変化が激しい業界に属する企業16では、Type R successionによる業績向上効果が減衰した、あるいは確認できなかった

 

これらにより、Type R successionを経験した企業では、同族経営者が長年培ってきた同族の持つ資産(家名、信用、暗黙知、人的ネットワーク)を活かし、企業業績の向上に貢献していると結論付けている。しかし、同族経営の強みとされている資産がより有効に機能するのは、事業環境が比較的安定している業界であり、変化の激しい業界、最先端技術が求められる業界においては、Type R successionが有効でない可能性があるとも、Amoreらは言及している。

 

同族経営への回帰は企業業績に好影響を与える可能性がある

同族経営への回帰は企業業績に好影響を与える可能性がある

 

 

同族・非同族によるサイクルが望ましい?

ここで、同族経営の継続による会社業績への影響を考察したい。Changらの研究によると、特に日本の同族経営企業では、非同族経営者への経営の移管が会社業績に良い影響を与えると示唆されている。一方、Amoreらの研究によると、非同族経営者による経営を挟み、同族経営の負の側面を排除した場合には、同族経営はそのうまみを多分に活用できると示唆されている。

 

これらを踏まえると、同族経営企業では、同族経営による負の影響を排除し、そのうまみを活用するため、非同族経営者・同族経営者によるサイクルが望ましい可能性がある。経営者交代の場面では、実力主義を反映しつつ、同族経営者が受け継いできた資産にも目を向けた後継者選択をすることが多くの場合効果的だと期待される。

 

同族経営・非同族経営のサイクルが業績に好影響を与える可能性がある

同族経営・非同族経営のサイクルが業績に好影響を与える可能性がある

 

 

実務に向けた示唆

2つの研究から、同族経営企業における後継者選択のあり方を筆者なりに検討したい。後継者選択場面では、①候補者プールの作成対象、②選抜方法、③承継後の経営への関わり方が重要な論点となる。

 

まず、後継者プールの作成では、社内・社外に広く目を向ける必要がある。一般に、日本の多くの企業では、社長の後継者を社内から選択することが諸外国よりも多いといわれており、同族経営企業もその例に漏れない。同族経営の負の側面を排除するためには、会社に実力主義を浸透させることは有効と考えられる。仮に同族経営を存続に合理性があると考えられる場合でも、社外への説明責任や適材適所の観点から、同族以外の社員や外部の非同族経営者を経営者の後継者候補と位置付けて、是々非々の議論を深めることも有効ではないか。

 

続いて後継者選抜の場面に言及したい。Amoreらの研究によると、非同族経営者による経営を経験した企業の経営ポジションに同族経営者が就くことにより、同族経営者はその有形・無形資産を活用し企業業績に好影響を与えられるという。また、こうしたType R succession が有効に機能するのは、技術に依存しない、あるいは変化が激しくない業界に属する企業であるという。Amoreらの研究によると、Type R successionが機能するケースは、同族という限られたメンバーが持つ有形・無形資産が経営上の勝ちパターンとして機能し続ける場合と整理できる。

 

一方で、Type R successionが機能しないケースは、外部環境の変化に伴い、経営に同族の持つ有形・無形資産以上のファクターが生じている場合と整理できるのではないか。したがって、同族経営企業で後継者を選択する場合は、外部環境を踏まえ何が経営上の勝ちパターンなのかを整理したうえで、本人の資質だけでなく、その有形・無形資産尚競争優位の源泉として通用するかにも、目を向けることが望ましい可能性がある。

 

最後に、仮に非同族経営者による経営に任せる判断をしたならば、経営者の行動を管理するための態勢は整えつつ、経営には口を出さず、影響力を行使しない方が良いとChangらは示唆している。同研究では、同族の株式保有率が高い、すなわち監督機能における同族の影響力が強いほど、非同族経営者による経営が機能すると示唆されている。一方で、前任の同族CEOが企業内でポジションを保有し続けていたり、社名・社訓・行動規範など会社・社員の行動に同族の影響が残っていたりすると、非同族経営者による経営が機能しにくい場合があるとも論文中では示唆されている。以上より一度非同族経営者に任せるのであれば、その行動を管理する仕組みは持ちつつ、影響力を行使しないことが重要な可能性がある。 

 

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1 2005年より株式会社高松コンストラクショングループの傘下となり、同族経営を終了した

2 ファミリービジネス白書企画編集委員会(編)、後藤俊夫(監修)、落合康裕(企画編集)、荒尾正和・西村公志(編著)(2021)『ファミリービジネス白書 未曾有の環境変化と危機突破』白桃書房

3 Chang, S. J., & Shim, J. (2015). When does transitioning from family to professional management improve firm performance? Strategic Management Journal, 36(9), 1297–1316. https://doi.org/10.1002/smj.2289

4 Amore, M. D., Bennedsen, M., Le Breton‐Miller, I., & Miller, D. (2021). Back to the future: The effect of returning family successions on firm performance. Strategic Management Journal, 42(8), 1432–1458. https://doi.org/10.1002/smj.3273

5 Changらの研究では、日本企業をサンプルとしている。Changらによると、日本では上場企業の株式保有率が低いことから、日本における同族企業(family firm)の定義は、Allen and Panian (1982) や Villalonga and Amit (2006)などの先行研究同様5%としている

6 経済学において、経営者が株主にとって望ましい行動を行わないこと。主たる経済主体をプリンシパル(委託者;この場合は株主)、経済主体のために代理で活動する代理人をエージェント(受託者;この場合は経営者)としたときに、プリンシパルとエージェントの利害の不一致、及び情報の非対称性を原因として、プリンシパル・エージェント問題が起こりうる

7 DBJデータベース、東洋経済データベース、一橋大学経済研究所作成のデータベース、日本会社史総覧、財界家系図、企業の年次報告、企業のウェブサイトをもとに、上場時に同族経営企業であり、かつ2004年までの軌跡が辿れた企業。尚、同族経営企業の定義は、創業者もしくはその家族が5%以上の所有権を有し、かつトップマネジメントの位置に就いている企業とする。

8 非同族経営者がCEOポジションに就いた企業は593社確認されたが、うち110社は臨時・仮の役職として継承しており、97社は同族の破産により非同族経営者がCEOポジションに就いた企業であるため、サンプルから除外されている

9 営業利益を総資産の簿価で割った値。この指標は、経常利益を総資産の簿価で割った総資産利益率(ROA)に比べて、企業の資本構造の影響を受けないリターン指標である点で優れている。

10 発行済み株式の保有比率で上位トップ10の株主に含まれる同族メンバーの株式保有割合を基に、同族の株式保有率を測定している。研究サンプルにおける中位水準(12.8%)を境に、同族の株式保有率が高い/低い企業に区分している

11 退任後の同族CEOが、取締役会議長、アドバイザー、その他のシニア(上級)ポジションとして継続して企業へ在籍するかどうかを基に区分している

12 企業名が創業者家族の名前に基づいているかにより区分している

13 Amoreらは、同族経営企業を、創業家が50%以上(上場企業では25%以上)の株式を保有する企業と定義している

14 Amoreらは、企業の所有・取締役・役員に関するデータはイタリア商工会議所から入手し、企業の財務データはAIDA dataset (Bureau Van Dijk)から入手している

15 新CEOが就任する前年における、R&D/Advertisement費用の計上を基に測定している

16 産業別売上高の変動を基に測定している

 


執筆者

川久保 俊(かわくぼ しゅん)

川久保 俊

川久保 俊(かわくぼ しゅん)

組織・人事変革コンサルティング アソシエイト

監修

土井口司

土井口司

土井口 司(Tsutomu Doiguchi )

Senior Graduate Assistant at Walton School of Business, University of Arkansas

戦略人事/人的資源を専攻し、主に人事制度と人材の差異が企業業績へ与える影響、およびそのメカニズムを研究している。住友電気工業、マーサージャパンで人事実務・コンサルティング業務を経験し現在に至る。マーサージャパン在籍時は人事戦略策定、人事制度設計、M&Aに伴う人事DD・組織統合(PMI)、役員報酬制度改定等のプロジェクトを中心に国内外企業を支援。京都大学法学部卒業、コーネル大学MILR(HR & Organizations Concentration)修了。

大矢隆紀

大矢隆紀

大矢 隆紀(Takaki Ohya )

Doctoral Student at Raymond J. Harbert College of Business, Auburn University

京都大学経済学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了後、マーサージャパンを経て現在に至る。マーサージャパン在籍時は主に国内外のグローバル企業を対象に、人事制度設計、グローバルグレード導入、M&Aに伴う組織統合(PMI)、役員報酬制度改定、ジョブ型人事制度導入等のプロジェクトに従事。現在は大学院の博士課程にて組織行動論を専攻し、リーダーシップ、ウェルビーイング、ワーク・ライフ・バランス等のトピックに関する研究を行っている。