高額初任給は優秀な新卒社員を惹きつけるか

近頃、優秀な新卒社員に対し高額の初任給を支給する大手の日系企業が増えている。

具体例を挙げると、NECは2019年10月より、研究職を対象に1,000万円を超える初任給を新卒社員に支給する制度を発表した。また、SONYは2019年度より、人工知能(AI)などの先端領域で高い能力を持つ人材に対し730万円の初任給を支給する制度を導入した。同様の取り組みはIT業界に限らず、外食産業のくら寿司は、26歳以下、ビジネスレベルの英語力等を持つ新卒社員を幹部候補生として採用し、1,000万円の初任給を支給することを発表している。

従来の新卒採用における常識を覆す取り組みであるが、こういった取り組みの背景には、デジタル化・AI(人工知能)の急速な進展や、グローバル化といったビジネス環境の変化があると考えられる。急速に進展するデジタル領域においては、自社の技術力を他社より早く高めることが優位性に繋がるため、高額な初任給を提示することで技術力の高い新卒社員を早期に獲得・リテンションし、自社の技術力、ひいては競争力を高めようという狙いがあるわけである。また、外資系企業と同水準の初任給を提示することで、海外での活躍が見込まれる新卒社員を早期に獲得・育成し、グローバルな競争環境における自社の競争力を高めようという狙いもあると思われる。

こういった背景を踏まえると、高額の初任給を支給できない企業は優秀な新卒社員を獲得できず、結果、自社の競争力の低下を招くことが懸念されてしまう。そうなると、「うちの会社も高額の初任給を支給できるよう報酬制度を見直し、優秀な新卒社員を獲得できるようにしなければ・・・」と思う経営者や、人事担当者も多いのではないだろうか。

しかし、優秀な新卒社員の獲得競争において、報酬を上げることのみが競争に勝つ方法なのだろうか?言い換えると、報酬を上げさえすれば、優秀な新卒社員を獲得出来るのだろうか?

無論、高額初任給の支給は優秀な新卒社員を獲得する上で有利であることは否めない。エンゲージメント(本コラムでは、組織構成員の所属組織に対する愛着心や仕事への情熱、構成員と組織の双方向の関係性や結びつきの度合い、と定義する)と関連が深い社員のニーズの一つに、「公平性(Equity):自らの成果・努力が公平に評価され、報いられること」が挙げられている1。このニーズを踏まえると、採用時に新卒社員の保有する専門能力・スキルを適切に評価し、それに見合った報酬を提示することは、採用後の会社に対する愛着心を高めることとなるため、採用・リテンションにおいて有利に働くと言える。

1 Sirota, D., Mischkind, L. A., & Meltzer, M. I. (2005). The enthusiastic employee: How companies profit by giving workers what they want. Indianapolis, IN: Wharton School Publishing.

一方で、マーサーが発行した2019年のグローバル人材動向調査において、面白い調査結果がある。本調査は、従業員が企業で働き続ける動機づけを世代別に調査したものであり、下図の結果が出ている。

世代の定義がやや広いものの、新卒社員が該当するジェネレーションY(1980年代序盤~2000年代序盤に生まれた世代。上図青線)は、企業で働き続ける動機づけとして、【競争力のある給与】よりも、【昇進の機会】や【専門能力開発】といった、自己成長に関連する項目の方がスコアが高い、という結果が出ているのである。

この調査結果を踏まえると、優秀な新卒社員を獲得・リテンションするためには、高額の初任給を提示するだけでは不充分である可能性が見えてくる。例えば、新卒社員に高額な初任給を支給したとしても、入社後、若いうちから責任のある役職に就くことが出来なかったり、社内で専門能力を伸ばせる見込みがなければ、ターゲットとする新卒社員は他社を選ぶ可能性があるわけだ。

高額の初任給に加え、【昇進の機会】や【専門能力の開発】についても提示することで、優秀な新卒社員をより自社に惹きつけ、獲得・リテンションすることが可能になるであろう。そのためには、報酬制度の見直しに加え、例えば以下の取り組みを検討・導入することが効果的だと思われる。

【昇進の機会】を高める施策

  • 既存の評価制度を見直し、評価基準をより明確にすることで、実力が高ければ若くても高評価を取得できるようにする
  • 既存の等級・昇格制度を見直し、要件を満たせば若くても高い役職に抜擢できるようにする、等

【専門能力の開発】を高める施策

  • 自身の専門能力を開発し、向上させることができる研修や教育機会を充実させる
  • 中長期的なキャリアを自ら描き、自身で実現できる公募制制度を導入する、等

報酬制度の改定に加え、上記のような施策を検討し導入することで、【昇進の機会】や【専門能力の開発】を重視する優秀な新卒社員を獲得し、自社の競争力を高めることが可能となるのである。

高額な初任給に関するニュースを見ると、戦後、日本で長く続いていた「新卒一括採用⇒横並びの昇給・昇格」はいよいよ終わりを迎えるときが見えてきたと感じる。しかし、初任給を高めることだけが、優秀な新卒社員を獲得する唯一の方法ではない。自社の人材マネジメントシステムを、一貫性を持たせる形で包括的に整備し・見直すことが、優秀な人材を惹きつけ、活躍してもらう上で重要なのではないだろうか。


 

執筆者: 関根 彰彦 (せきね あきひこ)
組織・人事変革コンサルティング アソシエイト コンサルタント