2013年に改正高年齢者雇用安定法が施行され早4年が経った。これに伴い、希望者に関しては60歳以降も継続して雇用することが企業には義務づけられたが、その報酬は60歳定年時と比較して大きく減額(年収で50%程度)とされることが一般的となっている1。そのような中、昨年、大手自動車会社を中心に(必ずしも全員ではないが)60歳時の報酬水準の80‐100%を維持して継続雇用することを打ち出した企業が現れ始めた。これまで多くの企業が人件費管理の観点から60歳超の継続雇用者の報酬を減額してきた中で、この施策はどのような背景によるものなのだろうか、またこのような施策は今後のトレンドとなりうるのだろうか考えてみたい。
まず多くの企業が60歳超の継続雇用者の報酬水準を定年前より低く抑えている背景について確認したい。ここには主に「60歳超の継続雇用者の報酬減を許容する判例・慣習」と「国からの支給(年金・助成金)の最大活用」の2点が挙げられるであろう。
上記のような背景がある中で、なぜ一部の企業では60歳超の継続雇用者の報酬を増額しているのであろうか。そこには主に2つの理由があると推察する。
一方で、人件費管理の観点で解決しなくてはいけない課題は大きい。たとえ事業が拡大傾向にある企業であったとしても、事業の継続性を考えれば、若年層にあてるべき人件費は継続的に維持・拡大していく必要があり、60歳超の継続雇用者の報酬維持に伴う人件費増は、別の人件費項目の削減により賄うことが自然である。そのような中、60歳超の報酬維持を図っている企業は人件費の課題に対してどのような施策を打っているのであろうか。細かな施策としてはいくつか種類はあるものの、主としては「役割・成果に基づく処遇」の推進・徹底であると言える。「役割・成果に基づく処遇」を通じて下記のような人件費管理につなげている。
上記を踏まえると、60歳超の継続雇用者の報酬維持というのは、一時的な人材確保の施策というより、中期的な労働人口の拡充・事業の継続的な発展を目指し、「役割・成果に基づく処遇」の推進・徹底を通じた「年齢によらない(エイジフリーな)組織体制へのシフト」であると言える。実際、60歳程度の加齢を起因とした業務遂行力の衰えというのは、健康寿命の延長や業務のIT化に伴い、徐々に表れづらくなってきているのは感覚的にも明らかであり、人件費が適切にコントロールされつつ、スキルのある60歳超の労働者を拡充するというエイジフリーの組織というのは、多くの企業にとって中期的に目指したい姿であろう。
しかし、ある程度年功的に職務や報酬を決定している多くの企業にとって、エイジフリー組織への移行は容易ではないと考える。エイジフリーの組織においては、若手でも60歳超でも職務次第で厚遇される社員がいる一方で、勤続年数に関わらず処遇が低いまま、ないしは職務の変更によっては昇給なし(もしくは降給)となる社員が現れることにもなる。しかもそのような報酬に強くひもづく職務の決定や変更(人材の入替え)を、中期的な観点で適時的確に行える組織マネジメント力も必要であり、もし年功的な運用に引きずられて人材の入替えが難しくなってしまったり、職務と処遇の連動を弱めたりしてしまうと、人件費の上昇を抑えられないだけでなく、中期的な組織力の低下を招いてしまいかねないというリスクにもつながってしまう。
そのような組織運営上のリスクを考慮すると、また社会通念として60歳超の報酬に関して柔軟な措置が許容されており、国からの支給(年金・助成金)もある今後5‐10年の間は、60歳超の報酬維持の施策やエイジフリー組織への移行を行うことは、多くの企業にとって時期尚早と言えるのかもしれない。
最近の脳科学の研究によると「人間の脳は60代後半まで成長が続く」4とのことで、60歳程度で年齢による衰えを理由に報酬とモチベーションを下げ、スキルを活かせない業務に充てるような現行の継続雇用制度(定年再雇用)は、やはり労働力確保の観点では無駄であり、中期的にはエイジフリー組織への移行は必須と言えるだろう。その時になって慌てることのないよう、数年後のあるべき組織体制を見据えて、現行の仕組み・運用に捕らわれることなく、徐々にあるべき組織・人事の仕組み・運用へ移行させていくことが経営・人事には求められているのではないかと考える。
執筆者: 米澤 元彦 (よねざわ もとひこ)
組織・人事変革コンサルティング コンサルタント