執筆者: 中村 健一郎(なかむら けんいちろう)
組織・人事変革コンサルティング プリンシパル
今年1月にダボスで開催された世界経済フォーラムにおいて、The Future of Jobs (仕事の未来)というレポートが提示された。このレポートは、WEFとマーサー社が、協働で世界中の企業の人事及び経営のトップに対して行ったアンケート調査結果をまとめたものである。テーマは、遺伝子工学、人工知能、ロボティクス、ナノテクノロジー、3Dプリンティング等の第4次産業革命 (注1) が、未来の雇用に与える影響に関する見解を問うたものであった。
このレポートにおいて、最も印象的な内容は、2015年から2020年という向こう5年間の雇用予測である。
調査の焦点があてられた国の1次産業を含む雇用人口10.8億人(全世界の就労者の38%に相当:今回の調査では、中国分7.7億人が含まれていない)のうち、0.5%にあたる510万人の雇用が今後失われると予測しているのである。産業構造にもよるが、先進国であれば、一つの国の失業率を0.5ポイント悪化させるという予測である。筆者には刺激的に映った。
職種毎での予測を見てみると、Computer and Mathematical (コンピューター及び数学を駆使する職)、Architecture and Engineering (アーキテクチャー及びエンジニア)といった2職種では、それぞれ+40万人(+3.2%)、+34万人(+2.7%)と大幅な増加を見込み、その他、ビジネス・ファイナンスオペレーション、マネジメント、セールスと言った高度なスキルを要する領域と合わせ、200万人ほどの雇用増を見込んでいる。
一方で、減少すると予測されているのは、Office and Administrative (バックオフィス系の業務: -476万人:-4.9%)、Manufacturing and Production (製造現場業務: -161万人: -1.6%) を中心に、710万人もの雇用機会が失われるという予測が示されている。
一見すると、Office and Administration というバックオフィス系の業務に携わる人にとって暗くなる結果に思えるが、同時に調査されているAverage ease of recruitment (今後の採用の行いやすさ)のスコアについては、Computer and Mathematical (コンピューター及び数学を駆使する職)よりも、Office and Administration (バックオフィス系の業務)の方が、採用が行い難い職種とも認識されており、必ずしも暗い未来が待っているというわけではないという結果が同時に示されている。(希望者が減少するという、前向きな理由ではないことが残念ではある)
本レポートの中では、先進国を中心とした少子高齢化の影響もあり、企業は新たな環境に適応するためのReskillやRetentionの重要性が増していくとされており、単純に雇用環境が悪化することのみを述べている訳ではない内容となっていた。
しかし、更に、レポートを詳細に見てみると、違った見解が見えてくる。
実は、筆者は、今回の結果を最初に見た時、回答者が、今後の人工知能やロボティクスの進歩と影響を過剰評価しているのではないかと思っていた。が、雇用減少に影響を与える要素 (Driver of Change) に関する分析内容を詳しく読むと、特に人工知能については、2020年までの間は雇用に影響することはないという回答が示されていたのである。その点は、前提から除外されていたのである。 (注2)
このレポートの予測が、ここ最近の人工知能の急速な進歩を前提に含んでいないとすると、見方は少し変わってくる。
この1 - 2年の間に、人工知能は専門家の予想を大幅に上回るスピードで進歩を遂げている。
最近の象徴的な出来事は、Google社の研究部門であるGoogle DeepMindが開発したAlphaGoが、世界ランク2位の韓国のプロ棋士イ・セドル氏との五番勝負に圧勝したことであろう。実は、今年の年初の段階では、囲碁において人工知能が人間を破るにはあと10年の月日を要すると予想されていた。確かに、その段階でのAlphaGoを始めとする囲碁を打つ人工知能の実力は、プロ棋士には及ばない段階であったらしい。しかし、その僅か 1か月後、欧州チャンピオンに勝利、その 2か月後には、トップ棋士を圧倒してしまったのである。実に、予想の期間を40分の1 に短縮してしまったのだ。
人工知能の進歩を支えているのは、ハードの処理能力の高度化と共に、優れた機械学習と遺伝的アルゴリズムを組み合わせた、新たな開発手法の進歩の結果である。24時間365日、疲れることなく、ひたすら学び、ひたすら進歩(進化と言ってもよい)しているのである。そのスピードは、作成をした者すら驚かせるものとなっている。
ビジネスにつながる領域では、IBM社が開発した人工知能Watsonが、昨年、Jeopardyという高度な情報・論理処理と言語処理能力を要するクイズゲームで、人間のチャンピオンに勝った後、ジョージア工科大学での学生からの学習上の質疑応答対応に応用する実験において成果を挙げ、今年からビジネスへの応用を加速させようとしている。
IBMがコグニティブ・ビジネスと呼ぶ人工知能を活用したITインフラは、今後、急速な実験的な拡大を経て、一時的にその時点で有効な領域に絞り込まれ、更にその応用を持って再拡大するプロセスを繰り返し、今後漸次拡大していくであろうと筆者は予想している。
先に示した、Office and Administrative (バックオフィス系の業務)の領域等は、レポートにおいて予測されている採用の難しさという要素が研究開発のインセンティブとなり、応用研究が進み、多くの領域で人の業務領域を代替していくと考えられる。そして、その代替分野は、更に高度な分野へと拡大していくことであろう。
その時、人と人工知能は、仕事・雇用という場面で、どのような関係を持つのであろうか。
『機械との競争』(日本版: 日経BP社)の著者、米マサチューセッツ工科大学のエリック・ブリニョルフソン教授は、2013年2月の講演(TED)で、チェスにおいて人間とコンピューターのタッグがコンピューター単体のソフトウエアよりも強いことを引き合いに出し、“combinatorial”人間とコンピューターが協働することが一つの姿であると述べていた。
だが、この見解も、同年11月、Business Insider Australiaが「Humans Are On The Verge Of Losing One Of Their Last Big Advantages Over Computers」という記事で、Rybka computer chess forumでの議論における、既に、人間が関わることのアドバンテージが失われつつあるという討議を紹介していたように、わずか9カ月で結論を変えざるを得なくなっている。
それから3年が経ち、状況は更に加速度的に変化している。今、起きている技術“進化”は、後の世に、本当に、第4次産業革命と呼ばれる変化となるかもしれないと強く感じている。
ブリニョルフソン教授は、『機械との競争』の中で客観的データを持って、機械が人間の雇用を代替してきた事実を示している。少なくとも、The Future of Jobsというレポートの予測は、まだ控えめであると感じざるを得ないと筆者は考える。
筆者は、この話を妻としていた時に、横で聞いていた娘から不安げに「私たちが大人になったらどうなるの?私たちは、どうしたらいいの?」と問われてしまった。「まずは、目の前の勉強を頑張ろうよ」と答えているだけではいけない。今後とも、この技術進化の動向については、可能な限り学び、組織・人事という分野に何を起こそうとしているのか、その姿を見極めなくてはならないと思っている。