生産性向上について考える (後編)

筆者の前回コラムに引き続き、生産性向上について考えてみたい。我々の調査「Employing Analytics to Enhance Workplace Productivity(職場の生産性向上にむけた労働力分析)1の結果の1つとして、アジアに拠点を置く企業のHR責任者が労働生産性を高める取り組みをするうえで重要だと思っている上位3項目は、

(1)労働生産性の向上を主導するリーダーシップの強化
(2)従業員のエンゲージメントの強化
(3)テクノロジーの活用

であった。ここまでを前回のコラムで紹介させていただいた。本日は組織・人事の観点から(1)労働生産性の向上を主導するリーダーシップの強化、(2)従業員のエンゲージメントの強化について詳しく考えたい。

1) Workforce Analytics Institute(MercerとThe Conference Boardが共同で運営する調査機関), Employing Analytics to Enhance Workplace Productivity, 2016
本レポートは、MercerとThe Conference Boardの共同調査として、アジア地域に拠点がある企業のHR責任者約50名に対して生産性向上に関するアンケート調査およびインタビュー調査を行い、その結果をまとめたものである。

労働生産性向上に必要なリーダーシップとは何か

各HR責任者が労働生産性向上に必要と考えているリーダーシップは大きく2つに分類できる。経営層が発揮すべきリーダーシップとHR責任者が発揮すべきリーダーシップである。

経営層からの持続的なメッセージ発信が求められる

従業員の労働生産性向上に向けてどのような取り組みをするにしろ、経営トップによるメッセージは非常に重要である。従業員は会社としてどの程度本気で取り組みをしようとしているのか、経営メッセージのトーンから読み取るからだ。経営層は常に数多くの戦略を思案しているが、外部環境の変化が激しい現代においては従業員の生産性向上の優先度を上げる必要があるだろう。経営層が具体的にすべきことは、会社全体で生産性向上のプライオリティを高めるためのコミュニケーションである。最初のメッセージ発信の重要性はもちろんのこと、定期的なアップデート情報を経営層から出すことが重要である。労働生産性はすぐに変化が現れるものではないので、従業員のモチベーションを維持するためには長期的なコミュニケーション戦略が求められる。

実際に従業員の労働生産性を向上させた企業では、経営トップ自らリーダーシップを発揮している。例えばあるIT企業では、長時間労働をなくす方針を打ち出し、それによる一時的な業績ダウンも覚悟すると経営トップが発表。顧客・従業員の家族にも手紙を書き、取り組みの目的を丁寧に伝えたそうである。(結果として長時間労働は減少。一人あたりの営業利益は拡大。)厚生労働省は、2017年3月より「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」2を開始しており、ホームページには各企業の事例が紹介されているので参照をお勧めする。

2) 厚生労働省 働きやすく生産性の高い企業・職場表彰制度

HR責任者には経営と現場のパイプ役が求められる

続いてHR責任者に求められるリーダーシップは何だろうか。HR責任者には、従業員の生産性向上のために何らかの変革が必要になった時、現状とのギャップを埋める役割が求められる。例えば、労働生産性を向上させるために業務プロセスの見直し、新たな業務プロセスを設計、最終的にそれを実行しようとした時、従業員の今のスキルではハードルが高いということがある。このようなケースでは、HR責任者が前もってスキルアップのためのトレーニングを提供すべきである。事業責任者と連携をして、現状のギャップを適切に把握し、ギャップを埋めるためにはどのくらいの教育コストを試算し、将来の生産性向上の見込みを分析したうえで、トレーニングを実行していく。このトレーニング期間や新しい業務プロセスへの移行時には、通常オペレーションが一時的に悪化する可能性が高い。現場のオペレーションに責任を持つマネージャーはここに不安を抱く。したがってHR責任者は、現場サイドの懸念事項を理解し、一時的なオペレーションレベルの悪化へのフォロー施策をしつつ、従業員のスキルアップのためのトレーニングを設計する役割が求められる。HRからのサポートなしでは、労働生産性向上の取り組みは継続しないと筆者は考える。

従業員のエンゲージメントレベルを高めるためにはどうするか

労働生産性向上のための重要な取り組みとして2番目にランクインした、従業員のエンゲージメントについて考えてみよう。まずエンゲージメントの概念を簡潔にご説明したい。engagementは「婚約」という意味も持つ通り、双方向の関係性を示しており、個人と会社がお互いに成長し、お互いに貢献しあう関係を意味している。個人のスキルアップや働きがいの向上が会社の成長に繋がり、会社の成長が個人の成長や働きがいに繋がるという考え方である。そのためloyalty(会社への忠誠心)やsatisfaction(満足度)とは異なる概念としてご理解いただきたい。さて、このエンゲージメントが重要と認識されているのは、経営層やHR責任者が一生懸命に従業員の生産性向上を高めようと旗振りをしても、従業員が全くもって現状維持で良いと感じていたら生産性は変わらない、ということだ。では従業員のエンゲージメントレベルを高めるためには、どうすればよいか。結論を言うと普遍的な解はなく、企業によって打つべき手は異なる。

我々が支援するプロジェクトでは、まずクライアント企業の従業員の意識に与える影響を構造的に把握することから始める。従業員の意識やモチベーションは、もともとの個人に起因するものもあるが、会社の基本方針や経営層や上司のマネジメントスタイルに影響をうけることも多い。個人そのものではなくマネジメント手法に起因するものであれば改善の余地はある。組織のどの部分にどのような問題があるのか構造的に分析したうえで、最も根本的な問題に対して打ち手を講じるのである。つまり、社員の満足度を高める施策を次から次に展開するのではなく、個人の成長意欲にネガティブな影響を与えている原因を可能な限り絞り込み、そこに施策を打つことが、従業員のエンゲージメントレベルを高めることに繋がるのである。

労働生産性向上へ向けたアプローチ

具体的に生産性向上を目的とした取り組みはどのように進めればよいのだろうか。取り組むべき具体的な施策は会社の事業内容、課題に応じて異なるが、アプローチとしては以下のような進め方が望ましい。

生産性向上のためのステップ

STEP1
改善すべき指標を
決定する
STEP2
現在の生産性を
測定する
STEP3
取り組み内容を
設計する
STEP4
施策を
実行する
STEP5
生産性を測定し
効果を評価する

 

STEP1の指標の例、およびSTEP3の取り組み内容の例

領域
取り組む指標の例
A生産性向上へ向けた取組み(例)
製造
・従業員1人あたりの生産量
・従業員1人あたりの欠品率 等
・マニュアルの見直し
・従業員のスキルセットの可視化
・コンプレストワークや、ジョブシェアリングの導入 等
カスタマー
サービス
・従業員1人あたりの顧客対応件数
・1件当たりの対応時間
・エスカレーション率、クレーム率 等
・インセンティブスキームの改良
・個人判断で顧客のリクエストに応じるための一定の裁量の付与 等
R&D
・労働時間のうち研究開発に費やしている時間
・アイデア提案から実際に製品化した割合
・特許取得件数 等
・アイデアシェアのための社内交流や社内システムの整備
・ダイバーシティに富んだチーム編成
・評価項目の見直し 等
セールス
・従業員1人あたりの売上
・労働時間のうち顧客セールスに費やしている時間
・解約率 等
・インセンティブスキームの改良
・セールストレーニングの実施 等
全社
・社員1 人あたりの営業利益
・労働1時間あたりの営業利益 等
・業務プロセスの見直し
・リモートワークの整備
・残業時間割増率の変更 等

従業員の生産性向上のための取り組みのポイントは、可能な限り定量なアプローチを採用することである。自社にとって改善すべき生産性の指標は何かを特定し、現状を把握したうえで取り組みを実行する。そして取り組みの前後で生産性を測定して効果を検証する。その結果に基づき、さらに次の施策を検討する、という流れである。

2回のコラムに渡り、生産性向上について考えてきた。素晴らしい施策が絵に描いた餅にならないように、どのように施策を実行する場合でも「経営層・HRのリーダーシップの発揮」と「従業員の高いエンゲージメント」が重要であることを念頭に置いていただけると幸いである。


 

執筆者: 池淵 慶 (いけぶち けい)
組織・人事変革コンサルティング アソシエイト