スチュワードシップ・コード

最近、皆様方が「スチュワードシップ・コード」という言葉を耳にする機会が増えているのではないかと思います。英語で「スチュワード」とは、財産を管理する執事を意味しますが、それ以外にも、より広義に人に仕える職種として客室乗務員(女性であればスチュワーデス)も指すと言えば身近に感じる方は多いでしょう。元々「スチュワードシップ」という言葉は「管理者の心掛け」といった意味を持ち、その概念は古代ギリシャ時代から存在していたそうです。

そのような古い歴史を持つ「スチュワードシップ」ですが、昨今取沙汰されている「スチュワードシップ・コード」においては、機関投資家が投資先企業との対話等を通じてその企業価値や持続的成長を促すことにより、顧客/受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味し、「スチュワードシップ・コード」は機関投資家がその責任を果たす為の諸原則を指します。

2008年のグローバル金融危機では、機関投資家が投資先企業の経営を監視する機能を十分に果たせていなかったという問題意識から、2010年に英国で初のスチュワードシップ・コードが定められ、日本でも昨年8月に金融庁において有識者検討会が設置され、今年の2月に日本版スチュワードシップ・コードが公表されています。

顧客の資産を預かる機関投資家の責任としては、受託者責任(フィデューシャリー・デューティ)もありますが、これとスチュワードシップは何が異なるのでしょうか。1つ大きな違いとしては、対象とする関係者の範囲がより広い点が挙げられます。つまり、受託者責任では契約や法律などに基づく委託者と受託者の関係を扱っているのに対し、スチュワードシップではその関係性が明確に定められていない場合の責任も扱っています。例えば、年金の加入者とその加入者に代わって資産を管理する年金基金、或いは、資産の運用を委託する年金基金と委託される運用会社の関係は直接的なものであり、前者に対して後者が受託者責任を負うことは理解しやすいかと思います。一方、年金加入者と運用会社の間には直接の関係はないものの、運用の良し悪しの影響を最終的に受けるのは加入者であることから、スチュワードシップではこのような間接的な関係における責任も対象としています。

ところで、日本版スチュワードシップ・コードの実際の内容を見てみますと、機関投資家が実行すべきこととして以下の7つの原則が定められています。

スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、公表すること
スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、公表すること
投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すること
投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図り、問題の改善に努めること
議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すること
議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告すること
投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えること

上記の7原則にはそれぞれ指針も定められてはいますが、この原則を見て、大雑把、或いは、緩いといった印象を持った方が多いのではないでしょうか。実際のところ、スチュワードシップ・コードの特徴としては以下の点が挙げられます。

法的拘束力を有するものではなく、その趣旨に賛同する機関投資家が、その受入れを表明する点
あくまでも「原則」であり、具体的な考え方や実践方法は各機関投資家に委ねられている点
全ての原則を実施することが求められている訳ではなく、適切ではないと考える理由を十分に説明することにより、一部の原則を実施しないことも是としている点

責任の範囲を拡げるとともに、具体的な内容は各機関投資家に委ねられている様は、厳しく叱っても言うことを聞かない子供に対し、今度は大人として扱い、自主性に任せてみるという躾け方を思い起こさせる面もありますが、日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明している先はマーサー・ジャパンを含め160機関(8月末時点)に上っていますので、今後の成果は非常に興味深いものでもあります。


 

執筆者: 星野 実 (ほしの まこと)
資産運用コンサルティング シニア・コンサルタント

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