リモートワーク時代のTPO

近年、働き方改革の議論が非常に盛り上がってきている。フォーラムやセミナーでのテーマに必ずと言って良いほど組み込まれるだけでなく、実際に働き方を見直すためのプロジェクトを実施している企業も増えている。

ちょうど3年前の2016年8月に発表された、「働き方の未来2035~一人ひとりが輝くために~」という報告書をご存じだろうか。厚生労働大臣が有識者を参集し、一人ひとりが輝くために、どんな世界観や社会が求められるのかをまとめたものである。計12回にわたって懇談会が開催され報告書の作成に至っているが、懇談会の開催趣旨を本報告書から引用すると以下の通りである。

グローバル化や少子高齢化の急速な進行、IoTやAI等の技術革新の進展により、産業構造・就業構造や経済社会システムの大きな変化が予想される中で、個人の価値観の多様化が進んでいる。こうした中、女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、障害や難病のある方も、すべての方が能力を最大限に発揮し誰もが活躍できる社会を実現し、個人の豊かさや幸せを向上させる必要がある。同時に、生産性・企業価値の向上を通じた持続的で豊かな経済成長を可能とすることが求められている。そのためには、2035 年を見据え、一人ひとりの事情に応じた多様な働き方が可能となるような社会への変革を目指し、これまでの延長線上にない検討が必要である。
(引用:働き方の未来2035~一人ひとりが輝くために~)

本報告書内には、未来通信という形で、いくつかの魅力的な働き方の事例が記載されている。

例えば1つの事例として、こんな記載がある。複数の国のプログラマーから一緒に仕事をしようと声がかかり、5つのプロジェクトを並行して進めている。自身の働き方としては、日本の小さな海辺の街にいながら、午前中はサーフィンをして午後に集中して仕事をする、という内容である。

近い将来、いや、すでに現在でも身近になりつつあるが、顧客への価値を最大化する上では、自組織に所属している人材ばかりでなく、社内外、国内外などあらゆる人材が混ざり合ったチームで働くことが当たり前になっていくはずである。

完全に初対面の人とチームを組むことも発生するだろうし、プロジェクト中に物理的な意味で対面する機会のないまま働くこともあるだろう。これまでのように、四六時中上司の目が届く範囲に部下がいる、という環境での仕事の進め方はなくなり、関係者全員がフルリモートワーク*で働くというような状況も想像に難くない。

*リモートワークは、本コラムでは、時間や場所に縛られない働き方、と定義する

このような環境下で、老若男女、どんな人にとっても大前提になる力は「セルフマネジメント」である。自ら考え、行動する人材でなければ、そもそも上記報告書の事例に出てくるような働き方を実現することは難しいだろう。

セルフマネジメント人材がいる上で、組織やプロジェクトを率いる立場のリーダーに一番求められることは、最適なチームを構築しメンバーの成長を支援しながら提供価値を最大化する、ということである。では、フルリモートワーク且つ昨日まで全く知らなかった人材が集結するような環境下で、チームメンバーが最大限の力を発揮していくためには、リーダーはどんなリーダーシップを発揮することが必要になるだろうか。

それが本コラムのタイトルにある、TPOである。

筆者の主張するTPOとは、いわゆる、Time, Place, OccasionのTPOではない。Trust, Purpose, Opennessの3つである。

(1) Trust

概念的には、性悪説から性善説へのマインドセットの切り替えである。

どの企業も、自ら考え行動するセルフマネジメント人材を求めている、ということは異論がないだろう。しかし、実態はどうだろうか。マネジャーが常に働きぶりを見張っていないと部下はサボるから、四六時中上司の目が届く場所・時間で仕事をすることを求める組織もまだまだあるようだ。皆さんは、そのような監視社会で働き続けたいと思うだろうか。

そもそも、サボる、というのはどういうことなのだろうか。提供すべきアウトプットを合意し、メンバーを信頼することができていれば、サボる、という発想自体が浮かばないはずである。メンバーとしても、監視的なマネジメントをされ続けると、力量のある人材であればあるほど、自分は信頼されていないのではないかと思ってしまう。さらには、最大限の力を発揮しようとは思わず、次第にセルフマネジメント人材から指示待ち人材になってしまう危険性すらある。

Pay for performance(成果の良し悪しに対して支払う)と謳いながら、メンバーを信頼することが出来ておらず、実態は、Pay for time/place(同じ場所で働く時間の長さに対して支払う)を良しとするマネジメントがはびこっているのではないだろうか。

(2) Purpose

リーダー自らがメンバー全員と何を成し遂げたいのかを熱く伝え、合意を促し、実現に向かってメンバーのモチベーションを高く保ち続けるようなリーダーシップの発揮が求められる。そもそも何のために誰のためにこの仕事に従事するのか、最終的に到達したいゴールはどこか、どんな価値を提供したいのか、ということが関係メンバー全員に腹落ちしており、Purpose Drivenで働けるような状態を構築することが求められる。Purposeが最初の段階でぶれている、あるいは認識に齟齬が生じていると、徐々にメンバーの歯車は噛み合わなくなり、最高品質のアウトプットを生み出すことは夢物語になるばかりか、最終的にはメンバーは疲弊感や不満だけが残り、二度とこのチームで働きたくなくなるだろう。Purposeは、後々になって軌道修正することは困難を極めるため、決して疎かにしてはいけない。

(3) Openness

メンバーによって情報へのアクセス度合いが異なっている、あるいは情報の非対称性が存在している状況では、チームメンバーが自ら考え、判断し、行動することが不可能だ。ましてや、閉鎖的なコミュニケーションが存在している状況では、チーム内での信頼関係の構築が極めて困難であろう。しかし、テクノロジーの側面で言えば、情報へのアクセス度合いの違いや非対称性の解消を実現することはあまり難しいことではない。どちらかと言えば、あらゆる情報共有やコミュニケーションをオープンに行う、異なる価値観への感受性、受容性を高めるというマインドセットが重要性を増してくると考えられる。そのためには、まずはリーダーが積極的に自己開示を行い、心理的安全性を構築しようとする/できるパーソナリティが求められる。

 

組織の壁を越えた多様な人材がフルリモートワークというスタイルで当たり前のように働く近い将来に、以上のTPOが重要なリーダーシップとしてリーダーに求められると考える。

ちなみに筆者はすでにリモートワークが当たり前の環境下で働いているが、ふと振り返ると、TPOリーダーシップは必ずしも今後の組織や働き方において重要視されるだけでなく、従来の固定的な組織構造やメンバー構成であっても顧客への提供価値を最大化する上では、普遍的なリーダーシップなのではないかと改めて思う今日この頃である。


 

執筆者: 渡部 優一 (わたなべ ゆういち)
組織・人事変革コンサルティング シニアコンサルタント