ESGって何だろう?

最近、八村塁氏が米国NBA(プロバスケットボールリーグ)のドラフト会議でワシントン・ウィザーズから9位指名され、NBA入りを果たしました。同時に、彼とナイキ社のジョーダン・ブランドとの契約も発表されました。NBAとナイキ社といえば、1990年代、スーパースターのマイケル・ジョーダンが活躍していた頃、彼と契約を締結し、エア・ジョーダンブランドを立ち上げていたナイキ社のスニーカーも、彼と同様に人気沸騰中でした。しかしその後、1997年にナイキ社のスウェットショップ問題1が発覚、大きく社会問題として取り上げられるようになり、同社製品の世界的な不買運動が起こり、ナイキブランドは大きな打撃を受けることになりました。この問題発覚後、同社は数年間にわたり経済的にも打撃を受けました。ナイキ社のスウェットショップ問題1は、グローバル化が進む経済の中で、様々な課題を投げかけることになりましたが、現在、頻繁にメディアに登場するようになったESG(E: Environment(環境)、S:Social (社会)、G: Governance(統治))の観点からこの問題を整理すると、S: Social (社会)の問題に深くかかわっていた問題と言えます。その後、ナイキ社はこの問題を同社の持続的成長のための教訓とし、いろいろな施策を立て、取り組むことによって苦境を乗り越えビジネスを復活させるに至りました。このコラムでは、ESGという概念について、ESGと企業の関係、ESGと私たちの日常生活の関係を考えながら述べていきたいと思います。

1ナイキの社のスウェットショップ問題
米国のNGOの指摘によって、ナイキ社が委託するインドネシアやベトナムといた東南アジアの工場で、劣悪な環境における低賃金労働、児童労働、強制労働の問題が発覚し、同社の製品に対し世界的な不買運動につながった事例。

図表1:ESGにおける検討項目の例

環境(Environment)
社会(Social)
ガバナンス(Governance)
気候変動
健康、衛生
会計・監査の質
温室効果ガス排出
安全
取締役会、監査役会の構成、独立性、多様性
エネルギー使用効率
人口増大
取締役の報酬体系
希少資源(コンフリクトミネラルなど)
消費者保護
株主の権利
公害(大気汚染、水汚染、土壌汚染)
サプライチェイン
情報開示(透明性)
資源枯渇(水等)
労働・人権問題
租税回避、税金の透明性
座礁資産
データセキュリティ、サイバーセキュリティ
利益相反管理
生物多様性の逸失
人材の多様性
内部統制
出典:マーサー

ESGという略語が初めて使われたのは、2006年に遡ります。当時、国連でとられていた環境計画及びそのための資金調達に関するイニシアチブ、また、企業に対し、人権、動労、環境、腐敗防止の分野における責任を経営で果し、持続可能な開発目標2実現に向けた行動とる事を求めるイニシアチブのもと、責任投資原則という考えが提唱されました。
この時に、当時国連事務総長だったコフィ―・アナン氏によってESGという言葉が使われました。この責任投資原則という考えは、企業に投資をする際、ESGの要素を投資プロセスに取り入れ、適切なリスク管理をするとともに、長期の持続的な投資成果を目指すものです。

2持続可能な開発目標 (SDGs: Sustainable Development Goals)

出典:国連開発計画

では、ESGと企業の関係を考えた時、なぜ、このESGという要素が、企業に投資をする側だけでなく、投資される側の企業にとっても大事なのでしょうか? 端的にいえば、その理由は、企業価値増大のための経営戦略、企業運営のリスクマネジメントのためのグローバル基準に基づいた枠組み、指標であるといえるからです。そして、この指標を意識しながら経営を行い、その経営戦略を内外に発信していくことは、企業のブランド価値の構築につながり、その結果、優秀な人材を引き付ける人材戦略とも成りえるからです。

冒頭のナイキ社の例は、Socialの項目である労働・人権問題、そしてサプライチェインマネジメントの問題で大きくつまずいてしまった例といえるでしょう。また、比較的最近では、2010年のBP社の石油掘削施設からのメキシコ湾岸石油流出事故(E, S, Gのすべての項目に関係)、2015年のフォルクスワーゲン社の排ガス不正問題(主にGの項目に関する問題)や、同じく2015年の東芝の不正会計問題(主にGの項目に関する問題)で、これらの企業の株価は急落する結果となりました。BP社においては、作業現場の安全管理体制の問題が取り上げられ、フォルクスワーゲン社及び東芝の問題では、このような問題が起こりえる温床となったと考えらえるガバナンス体制に焦点があてられました。いずれの場合も、問題発覚後、市場の信用を失ったこれらの企業の市場からの資金調達コストは上昇しました。この種の問題は、企業の経営戦略の一部である財務戦略にも影響を及ぼすことにもなり、ブランドも傷つけ、企業の持続的成長を困難にさせます。企業が健全な経営とリスクマネジメントを欠いた結果といえます。また、一見、ESGと人材戦略は直接つながりにくいですが、弊社のグローバル・タレント・レポートにあるように若い世代の企業の非倫理的な行動に対する許容幅については、狭まる傾向がみられ、この会社で働きたいと思わせられない企業は優秀な人材を獲得、維持することが困難になってくることが考えられます。この結果、やはり企業の持続的成長を阻害する要因となってきます。

では、次にESGと私たちの日常生活について考えてみましょう。例えば、世界的なアパレルメーカーの洋服やスポーツメーカーのスポーツウェアを購入するとき、その値段をみると、この値段を実現するための製造過程を考えたとき、いったいどれだけの低賃金労働が投入されているのだろうかと考えることもあるかもしれません(Sの項目に関係)。ペットボトルの水を購入するとき、この水を地下から汲み出し、ボトルづめをし、例えば海外から日本へ輸送してくる過程でどれくらいのCO2が排出されているかを考え、地球温暖化への影響を考えるかもしれません(Eの項目に関係)。少額株式投資で、もし東芝の株に投資をしていたとしたら、東芝の株価下落はどう受け止めればいいのだろうと考えるかもしれません(Gの項目に関係)。また、もし自分が属している国、もしくは企業の年金が問題をかかえ、株価が急落している企業に投資を行っていたら、その投資結果をどのようにとらえればいいのだろうかと考えるかもしれません。もしくは職探しをしている本人が、候補となる企業のウェブサイトをリサーチしてみたとき、最近広く用いられている企業の評価方法の一つの枠組みであるESGの指標に沿って企業を検討してみたところ、この企業で働きたいか否かを改めてよくよく考えるきっかけになるかもしれません。ESGと私たちの日常生活も実は密接に結びついているものであるといえます。

このようにESGとは、企業が経営におけるリスクマネジメントを行うため、持続的成長を達成するための1つの考え方の枠組みであり、ESGの考えを意識して経営を行い、一個人が日々の生活の中でESGの考えを意識するようになる結果、持続的成長を可能とするよりよい社会環境が構築されうるということを想定しています。ESGの考えが目指すところは、一個別企業の企業価値増大にとどまらず、地球規模での持続的成長、よりよい社会構築への取組みといえます。是非、自分の身の回りから、ESGの考えを掘り下げてみることをお薦めしたいと思います。


 

執筆者: 秋和 由佳 (あきわ ゆか)
資産運用コンサルティング シニア コンサルタント