海外派遣におけるPay for Familyと処遇見直しの方向性

「帯同推奨」とPay for Family

国内報酬制度におけるPay for Familyの議論が始まって久しいが、海外派遣者処遇における、Pay for Familyについては、正にこれから議論という企業も多いだろう。
筆者は企業の海外派遣者処遇ポリシーの改定サポートに携わっているが、Pay for Familyに対する企業方針を反映するベースとして、「帯同推奨」ポリシーの是非についての議論は必ず実施する。

日系企業の海外派遣者処遇規程には、「家族帯同を推奨している」と明記しているケースが少なくない。規程に明記しないまでも、「配偶者赴任手当」や「帯同加算」の支給、「単身赴任理由の確認」制度がある等、無意識的に「帯同推奨」ポリシーを反映しているケースを含めると、かなり多い印象だ。ポリシー設定の背景を尋ねると、「派遣者本人の生活及び精神面のサポートの為」等、スムーズな任務遂行の為という理由に加え、「家族は一緒にいるべきと会社が考えるから」、といった、家族の在り様に踏み込んだコメントも出てくる。

一方グローバルでは、会社の辞令に対し家族がどのように対応するかは、あくまでも自己裁量の範疇と位置づけられるのが通常だ。欧米人は単身赴任をしない、と思っている方も少なくないがそうではなく、帯同するか単身で行くかは、本人と家族が決めるべきことで、それによって報酬が変わることはないのが一般的、というのが実際である。「帯同推奨」は海外ではまず目にしないポリシーであり、日系企業特有と言えるだろう。

基本的に、「帯同推奨」をポリシーとする場合、家族帯同に伴うコストや不利の補填に対する処遇(=Pay for Family)は手厚くならざるを得ない。一つは、帯同を前提とするならば安心して家族を帯同できる体制を十分に整えなければいけない、という意識下で制度を策定するため。もう一つは、派遣者から「会社が帯同を指示しているから、家族を帯同している。それに伴い発生するコストは会社がみるべきである」という主張があった場合、会社が負担すべきコストの範囲に明確な根拠を持って線を引くことは、理論上難しくなるためだ。
例えば、本国に残す住宅に関しては、通常個人の資産に会社は関与しないとのポリシーの下、特段の支援は行わないとするケースが一般的だ。しかし、「帯同推奨」が「会社の指示」であることを理由に派遣者が補助を要求した場合、会社は拒否しづらい構図とならざるを得ない。こういったことを避けるためには、帯同か単身か、派遣形態を会社が指示することを避けた方が良いということになる。
このように、「帯同推奨」の有無は処遇全体に影響を与えるため、Pay for Familyの見直しに取り組むならば、「帯同推奨」については取組の初期段階で必ず議論したい項目の一つだ。特に、多国籍での人材活用を視野に入れ、海外派遣ポリシーを全世界で共通化しようとするならば、グローバルとのギャップの大きさ故、この議論は避けて通れないポイントとなる。

海外赴任前視察は効果的なリスクヘッジ施策

一方で、帯同するか、単身で赴任するかを本人の自己裁量と整理した場合、本人と家族が、いかに適切にその判断をできるか、ということが論点となる。判断材料としては、現地の生活環境、特に住宅と教育環境、ハードシップ度合等の情報が必要だろう。そのための施策として、昨今新規導入を検討するケースが多いのが、赴任前視察の付与である。ここいう赴任前視察とは、派遣者本人の事前出張ではなく、本人と配偶者に対し、任地を事前に「視察」する機会をセットするものである。日系企業で導入しているケースは少ないが、グローバルでは約8割の企業が制度ありと回答している。

Q.赴任前視察を付与しているか

出所:Mercer 「Worldwide Survey of International Assignment Policies and Practices (WIAPP) 2017」

家族帯同にしろ、単身赴任にしろ、海外派遣により家族が生活スタイルを変えざるを得ない状況下において、如何に新生活に適応するか、ということは、海外派遣を成功裏に導くためには軽視できない。しかし、前任者などに任地状況を聞いて帯同を選択したものの、現地生活に適応できずに家族は早々に帰国することになったというようなことは、よく聞く話である。派遣者にとっての精神的負担、業務に支障が出る可能性については言うまでもないが、赴帰任時に発生する家族に対するコストも踏まえると、企業としても避けたい展開であるはずであり、その観点からも「赴任前視察」は有効な施策となる。

単身赴任手当は必須ではなくなる?

「帯同推奨の廃止」と「赴任前視察の付与」の両輪により、帯同/単身の判断は自己裁量である、という前提の地ならしが完成した次段階として取り組むべきは、従来ごく当たり前の処遇として支給されてきた手当や福利厚生施策一つ一つの必要性についての検証作業だ。
例えば、単身赴任手当はその最たるものの一つだ。これまでの単身赴任手当は、帯同推奨であるが故に、社命により家族帯同できない任地へ派遣することに対するトレードオフとして、会社が本国の家族に対する金銭的補償を行う、という文脈で支給されているような節がある。しかし、帯同/単身の判断が自己裁量の前提に立つならば、本国に残留する家族に対する生活費補償の意味合いでの「単身赴任手当」の支給は必須ではなくなる。つまり、海外派遣時給与は帯同/単身に関わらず同額であっても、それを前提として本人が帯同するかを判断する、という世界へ移行できることになる。

国内単身赴任手当の設定がある場合は、国内制度と海外制度との整合性も論点となる点に留意は必要だが、グローバルではこのような考え方を採用しているケースが多く、その場合、単身赴任者に対しては、一時帰国の頻度を増やす等、福利厚生施策における部分的な配慮のみとしている企業が多い。

国内制度においてはPay for Family廃止の議論が大分進んできた印象があるが、海外派遣者処遇においても同様の議論を進めるならば、これまで述べたような視点が議論の導入部になるだろう。
直近3年間の多国籍異動を視野に入れた海外派遣者処遇改定事例では、「帯同推奨廃止」と「赴任前視察導入」の実績は着実に増加している。単身赴任手当の廃止となると日系企業にとってのハードルは高いと感じられると思うが、廃止とまではいかなくとも、盲目的な「Pay for Family」からの脱却を目指すことが重要だ。他社傾向との比較も踏まえつつ議論を深め、「派遣形態に関して会社は関与しない」ポリシーを堅持した上で、いかに具体的な施策を設計するか、という方向で検討を進めていくと、社内でも理解を得られ、改訂がうまく行くケースが多い。
検討の参考になれば幸いである。


 

執筆者: 星埜 夢保 (ほしの ゆめほ)
プロダクト・ソリューションズ アソシエイト・コンサルタント