日系企業に求められる役員報酬開示 - 海外の機関投資家はどう見るか -

コーポレート・ガバナンス強化の流れを受け、日系企業にはより精度の高い情報開示が求められる

コーポレート・ガバナンス元年と言われた2015年以降、日系企業におけるコーポレート・ガバナンス強化の流れが進んできている。その流れの中で、企業に対するステークホルダーへの情報開示要請も強まってきている。

直近では、2019年1月の内閣府令の改正により、建設的な対話の促進に向けた情報提供として、役員報酬について、報酬プログラムの説明(業績連動報酬に関する情報や役職ごとの方針等)、プログラムに基づく報酬実績等の記載が求められたことが記憶に新しい。

コーポレート・ガバナンス関連の動きとしては、東証の市場区分(市場構造)に関する議論も注目されている。第一部、第二部、マザーズ、JASDAQという現在の市場区分のコンセプトは曖昧であるため、A. 国際的に投資を行う機関投資家を含めた広範な投資家の投資対象となる市場、B. 一般投資家向けの市場、C. 高い成長性を有する企業向けの市場、の3区分をベースに今後コンセプトを含めて検討しようというものである。

2019年3月に東証が発表した「市場構造の在り方等に関する市場関係者からのご意見の概要」には、"海外の機関投資家が望むガバナンスの水準を求めることが必要"、"ガバナンスや開示のレベルなどの上場基準を厳格にすべき"といった有識者の意見が含まれており、今後の市場区分見直しのスケジュールは公表されていないが(2019年5月9日現在)、市場区分見直しに関する議論が進むにつれて、特に上記A. 海外機関投資家等の投資対象となる市場に上場する企業に対して、ステークホルダーへの情報開示要請が強くなってくるものと想定される。

筆者はマーサーの役員報酬・コーポレートガバナンスプラクティスに所属し、関連プロジェクトに日々従事しているが、こうした動きの影響もあってか、クライアントの方とのやり取りにおいて、情報開示やステークホルダーからの見え方が話題になることが多くなっているように感じている。

本コラムでは、海外の機関投資家が着目するであろう、ガバナンス関連の情報開示の一要素として、役員報酬の開示について考えてみたい。海外の機関投資家にとって比較対象となりうる外資系グローバル企業や現在の日系企業のプラクティスを整理しつつ、のぞましい開示の方向性について述べていきたいと思う。

多くの日系企業の役員報酬開示は、限定的な内容にとどまっている

役員報酬開示に関して、外資系グローバル企業、日系企業(先進企業)、日系企業(一般的な企業)を比較すると、下表のようになる。便宜上、比較には、報酬ポリシー(報酬決定に関する大方針)、個別の報酬額、報酬決定ロジック・KPI(根拠となる指標)、Peer企業(報酬水準の比較先。人材獲得競争が生じる競合企業等が一般的)の4項目を用いている。

報酬開示比較表

 
外資系
日系(先進企業)
日系(一般的な企業)
報酬ポリシー
資料内に項目が掲げられ、項目毎に詳細に開示
数行程度で、概要を記述
抽象度の高い記述のみ
個別の報酬額
上位5名の報酬額を開示(米国の場合)
報酬額1億円超の現職者(+α)を開示
報酬額1億円超の現職者を開示
報酬決定ロジック・KPI
KPIを含むロジックを詳細に開示
KPIを含むロジックを一定程度開示
抽象度の高い記述のみ
Peer企業
企業の具体名まで開示
所属業界等を開示
(設定、開示なし)

 

ここでは順を追って、各類型の報酬開示状況について述べていきたい。

(1) 外資系グローバル企業の事例
具体的な例として、外資系A社のProxy Statementを確認していきたい。
報酬ポリシーは、資料内にCompensation Objectivesとあり、Emphasize Pay for Performance, Pay Competitively, Focus on Long-Term Successの3項目が掲げられており、項目毎に説明が記述されている。
米国では役員の上位5名の報酬水準について開示義務があるため、CEO以下5名の個別報酬水準が、報酬決定ロジックとともに詳細に記述されている。
中長期の株式報酬であるPerformance-Based RSUsのKPIとして相対TSR(株主総利回りの、市場や競合企業との比較結果)を用いており、その結果に応じて0%-200%の間で権利確定すること等を確認することができる。
Peer企業は同業界の企業16社だけでなくブランド力の高い企業9社がそれぞれ開示されている。

(2) 日系企業の事例(先進的な企業)
日系企業においても、外資系グローバル企業のプラクティスを参照しているとみられる先進的な企業も存在する。具体的な例として、日系B社の有価証券報告書を確認していきたい。
報酬ポリシーは、「役員報酬制度の基本哲学」として、「1. 企業使命の実現を促すものであること」、「2. 優秀な人材を確保・維持できる金額水準と設計であること」等の項目が記載されている。
個別の報酬額については、開示の対象外である、報酬総額が1億円未満の役員の報酬水準についても一部自主的に開示されている。
報酬決定ロジックについても、賞与および長期インセンティブに関する支給率モデル(グラフ)が提示されている。
日系B社では、Peer企業については触れられていないが、同じく報酬ポリシーを開示するなど先進的な企業といえる日系C社の有価証券報告書では、取締役の報酬水準について、「産業界の中上位水準を志向して設定」という記載を確認できる。

(3) 日系企業の事例(一般的な企業)
その一方で、先進的な企業と比較すると報酬開示が限定的である企業も多い。
報酬ポリシーに該当する部分として、「会社業績との連動性を確保し、職責と成果を反映させた体系」程度の記述や、まったく記述がないケースもある。
個別の報酬額については、報酬総額が1億円以上の役員については開示されているものの、報酬決定ロジックやKPI、Peer企業は開示されていないケースが多い。

先進企業を参考に、役員報酬開示を促進することも一法

日系企業の役員報酬開示についてはこれまで述べてきたとおりであるが、こうした開示状況について、海外の機関投資家はどのような印象を持つだろうか。

1つの参考となりうるのが、主に海外の機関投資家に対して、保有銘柄の議決権行使について助言を行う議決権行使助言会社が発行するガイドラインである。

議決権行使助言大手D社は、日系企業の役員報酬と業績および成果の連動性について、課題感を持っているとみられる。ガイドライン内の「税務報告の透明性と完全性」という項目で、執行役員や業務執行を兼任する取締役の報酬について、「担当する事業の成果そして個人のパフォーマンスに連動しているべき」「定額の報酬に加え、短期そして長期的な業績連動型インセンティブを取り入れた混同型であるべきと考える」といった記述を確認できる。

上記の課題認識を踏まえると、海外の機関投資家は、日系企業の個別の役員報酬額の多寡よりも、報酬決定の仕組みにおける会社業績、各役員のパフォーマンス、株価等との連動性に着目しており、それが担保されていることを各企業の開示内容から確認したいと考えているのではないか。

前述のとおり、一般的な日系企業では報酬ポリシーや報酬決定ロジック・KPIは抽象的な記述にとどまっているケースが多いため、海外の機関投資家からは、情報開示が不十分であり、役員報酬と会社業績等の連動性を確認できないと認識させる可能性が高い。

ガバナンス・情報開示強化の流れを踏まえると、今後多くの日系企業は役員報酬に適切な業績連動性を持たせたうえで、報酬ポリシー、報酬決定ロジック・KPIについて開示レベルを引き上げる必要が出てくるだろう。その際には、既に海外の機関投資家を意識しているとみられる日系先進企業の事例が参考となる。

また、ネクストステップとして、外資系グローバル企業の事例を参考に、Peer企業や個別の報酬額についても開示レベルを引き上げることができれば、国内においては情報開示に関する先進的な企業であることをステークホルダーに対して訴求することにもつながるだろう。

東証の市場区分見直しの議論など、今後もコーポレート・ガバナンスに関する動向を追っていきたい。


 

執筆者: 小山 恒一 (こやま つねかず)
組織・人事変革コンサルティング アソシエイトコンサルタント