"VUCA"ワールドにおける組織・人事課題について考える

ここ数年、「VUCA」というキーワードを、ビジネス課題について考える際のキーワードとしてよく見かける。元は、アメリカ軍が、1990年代にアフガニスタンやイラクで直面した極限状態を表すことに使われた単語で、Volatile(移ろいやすく)、Uncertain(不確か)、Complex(複雑)、Ambiguous(あいまい)の頭文字を取ったキーワードである。その後、緩やかな連携で動くアメーバー組織に対峙していく中で、従来のトップダウン型の指揮命令系統が有効に機能せず、時々に応じた戦い方が必要となるという分析を行う際のキーワードとして活用されていった。

ビジネスとしては、2013年のユニリーバ社のアニュアルレポートにおいて"VUCA world"というキーワードが登場、その後、徐々に一般的に用いられるようになり、最近では、「現代は"VUCA"の時代」、「VUCA人材」というワードも見受けられるようになってきた。

この"VUCA"ワールドにおける組織・人事課題について考察していく上で、まず、それぞれの単語の凡その意味ではなく、本来の意味に立ち返った整理を行ってみたい。

図1:VUCAの枠組み

出典『What VUCA Really Means for You』(2014 Nathan Bennett and G. James Lemoine)

ベネットとリモーネは、『What VUCA Really Means for You』の中で、VUCAについて、「実行の結果の予測精度」の程度と「状況の把握度」の程度から4つの象限を設定し、本来は、直面している状況に応じて適切な対応アプローチを取ることを助ける枠組みであるという整理をしている。

最近では、VUCAについては、Ambiguity(曖昧模糊とした)状況に対する対応のみを語られていることが多いが、本来は、状況対応型リーダーシップと同様に、状況に応じた対応アプローチを選択するためのコンセプトなのである。

それぞれの特徴、例、アプローチとして記載されている内容は、以下の通りである。この状況への対応と言う整理はもちろん有効であり、本来の使い方なのである。

図2:VUCAの特徴及び必要なアプローチ

出典『What VUCA Really Means for You』(2014 Nathan Bennett and G. James Lemoine)

だが、近年は、IT、ネットワーク技術の進歩により、情報は素早くグローバルを駆け抜け、イノベーションが優位性を保てる期間は従来以上に短縮化し、単一市場での顧客の価値観も多様化すると共に、グローバルな活動が容易になるにつれ地政学上のリスクが増え、その影響も大きくなりつつあるという状況にある。昨今では、かつて英国の数学者アラン・チューリングが思い描いた"自ら学習する機械"(AI)の技術が確立されつつあり、ITによる非連続なイノベーションが生じつつある時代を迎えている。

現在、VUCAの何れかの状況が、国内、海外といった場所を問わず高頻度で発生するVUCAワールドとも言える環境に直面しつつあることは間違いないと思われる。

こうした状況に対して、企業は、組織・人事面でどのように立ち向かうべきであろうか。

一般的に、まず指摘されている点は、リーダーシップの強化である。あらゆる変化に耐えられる、強い個人を育てていくことで対応、解決していこうというわけである。

このテーマに対して、 ビル・ジョイナーとステファン・ジョセフは、「Leadership Agility」という書籍の中で、彼らが実施した調査結果を掲載している。

彼らは、Leaderを、
  Expert(戦術的、問題解決力に優れる)
  Achiever(戦略的、成果を挙げる)
  Catalyst(他者に力を与え、感化し、動機づけ、成果を引き出す)
に3分類した上で、こうした多様な課題に対応できるCatalyst Leaderは、全体の10%に過ぎないと認識されているという結果を示している。

また、彼らは、こうしたCatalyst Leaderに備わる4つのAgilityコンピテンシーを示している。
  Context Setting Agility:ビジネス環境や変化を素早く読み解き、枠組みに落とし込む
  Stake Holder Agility:鍵となるステークホルダーを素早く見出し、協力を引き出す
  Creative Agility:多様な観点を取り入れ、短期と長期といったジレンマ間の最適解を見つけ出す
  Self-Leadership Agility:自ら燃える人材として、自ら成長していく
というものである。

こうした力を持った人材を育て、重要なポジションを任せられるようになることは、確かにこの問題の解決に繋がると考えられる。しかし、そうした人材を育てることは、決して容易なことではない。現在の出現率10%を超える決定的な方策があるわけではないと筆者は考える。

もちろん、こうした人材を育てるための投資は、変化の時代にあって、必要な投資であろう。

しかしながら、本来「組織・人事」に期待されていることは、「天才ばかりではない、普通の人が集まっても、適切な連携と協力を通じて天才に負けない正しい意思決定、結果を生み出すことを可能にすること」にあると考えるならば、あえて、VUCAの時代に必要なこととして、正しい、組織・人事の施策を従来以上に素早く実施し、実現することに、求めるべき解があるように思える。

その施策とは、次の5つではないだろうか。

  1. 環境に合わせ組織やチームを設計し、構築する(常に最適なフォーメーションを構築する:Adapt organization/team against circumstance)
  2. 適材に適所を得る・配置する(必要なタレントを国籍、過去の経歴に関わらず登用。必要な能力を得るためには、外部からも積極的に採用・もしくは活用する:Get / develop / deploy appropriate talents/capabilities)
  3. 多様なタレントを統合・融合する(多様な人の集まりを効果的に統合・融合できる組織文化を整えることで、持てる力を最大限引き出す:Integrate diversified talents)
  4. タレントに仕事を任せる(組織内での役割分担を明確にし、シンプルで分かりやすい組織状況を整備し、新たに登用されたタレントにも自律的に成果を生み出してもらう:Leave talents in mission)
  5. エンゲージメントと意欲を高める(適切な評価・報酬を用意し、成果達成に向けた意欲を高める:Engage and inspires talents)

一見すると、組織人事として行うべき当たり前のことを記載している。また、部分的には、強力なリーダーによってもたらされるものもあるであろう。しかし、これらの当たり前の事柄を、英語の頭文字にも記載した通りAGILEに実施することが重要だと筆者は考える。

そのためには、より現場に近いレベルへの組織・人事に関する意思決定上の権限移譲、シンプルな人事体系(役割・対市場主義)の下、ラインマネジメントが主役・人事が補佐となる運用体制といった、新たな仕組みと組織としての能力の獲得が必要になるであろう。

もし、現在直面している経営環境に対し、人の能力を高める事だけでは変化に追い付けなくなってきていると感じられているならば、ここに示した新たな施策の導入もまた検討に値すると筆者は考える。


 

執筆者: 中村 健一郎 (なかむら けんいちろう)
組織・人事変革コンサルティング コンサルタント