過剰な「人材育成」は要らない

昨今、人事業界では「人材育成の重要性が増している」との論調が高まっている。
グローバルな事業成長や競争優位の確保のためには、重要資源のひとつである「人材」 (「人財」と表記する企業も多い) をどう強化していくかというのが、大きな課題であることは言うまでもない。また、一方の従業員側も、予測可能性が低い経済環境において「エンプロイアビリティ (employability) 」1を高めるために自らの (市場・他企業で通用する普遍的な) 能力開発を行う必然性が高くなっている。
したがって、「人材育成の重要性が増している」というのは一面では正しいといえるだろう。

しかしながら、「適所適材」 (会社の事業成長に求められる役割に、要件のマッチした人材を当てはめていく) ということを人事の重要な役割と捉えるのであれば、重要とされる「人材育成」の見方が変わってくるであろう。ここで重要な視点は、「育成された人材」をどの「適所」で活用するのか、ということである。

人材市場の流動性が必ずしも高くない現在の日本においてはまだ顕在化されづらいが、本来「エンプロイアビリティ」の高い人材をリテインする (引き留める) ためには、相応の処遇が必要である。活用するポジション (適所) がないままに、育成された人材ができてしまえば、結果としてアンマッチなポジションと人材が発生することになる。

もちろん、「育成された人材」がビジネスを成長させ、自らのポジションの役割を広げ、結果として高い処遇を獲得する、ということもあるだろう。年功序列・終身雇用型の人材マネジメントが効果を上げていたと思われる高度成長期の日本市場などは、まさにそういう考え方にもとづいた育成方法が機能していたのだろう。

しかし、成長対象となる市場がグローバルに広がり、相対的に日本のプレゼンスが下がってきた現在においては、こういった育成方法は「過剰」になるリスクがある。せっかく育成にコストを掛けても、充分な処遇ができない優秀な人材が他の (競合) 企業に流れるリスクがあり、最悪の場合「敵に塩を送る」ことにもなりかねない2。育成すべきポジション (階層、業種・職種、地域) を戦略的に定め、優先順位を付けたうえで必要十分な資源を投下し、セレクティブな育成施策を採る必要がある。

2)  いわゆる「人材輩出企業」は、逆にそういうポジションを確立することで、人材獲得競争力を増し、人材流出による相対競争力低下を補って余りあるメリットを得る戦略を採っている企業であるといえよう。ただし、定義上すべての企業がそういうポジショニングを得ることはできない。

特に日本企業に多い、「階層別研修」など年功序列型人材マネジメントをベースとした「底上げ」型の研修は、それによって埋めたい「適所」を想定したうえで、より目的合理的に設計することがより重要になるだろう (人材の底が上がると一人当たり人件費の底も上がる、人材育成に成功すればするほどその人材をリテインするための人件費は上がるというパラドックスへの認識が必要である)。

採用を含むポジションと人材のマッチングにおけるデータ・アナリティクスの活用の肝は、映画「マネーボール」のような (野球におけるセイバーメトリクスの活用のような) ポジションと人材の「アービトラージ (不合理な要因で割安になっている人材を本来のポテンシャルを発揮できるポジションに当てはめること) 」にこそ意味があると考える。ワークライフ・バランスなどの働き方や保有するケイパビリティ、そして中長期的なキャリア志向など、多様な観点で凸凹な人的リソースを、「適所」に当てはめていくことを可能とするような「人材育成」ができれば、人事機能が企業の競争優位をもたらす有力な分野となるだろう。


 

執筆者: 野村 有司 (のむら ゆうじ)
プロダクト・ソリューションズ