ダイバーシティに向けた世界の潮流 - ダボス会議から

本年1月のWorld Economic Forum(ダボス会議)で、マーサー主催の"When Women Thrive"(女性が活躍する時)というセッションが開催され、ダイバーシティの必要性や女性の活躍について議論が交わされた。また、ダボス会議では、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(GGI)1が発表され、日本は144ヶ国中114位(2016年は144ヶ国中111位)であった。

1 本指数は、経済、教育、政治、保健の4つの分野のデータから作成され、0が完全不平等、1が完全平等を意味している。1位はアイスランド、アメリカは49位、中国は100位、韓国は118位

 

近年日本でも、女性活躍や働き方改革、ダイバーシティといったことが盛んに言われるようになっており、企業でも様々な取組みが進みつつある。日本では特に、少子高齢化による労働力人口の減少などの理由からこれらのことが語られることが多い気がする。ここでは、グローバル企業の代表者たちが、ダイバーシティをどのような文脈でとらえているか、ダボスでの発言を振り返りながら、ダイバーシティに向けた世界の潮流や、ダイバーシティを進める上での課題について考えてみたい。

ダイバーシティが求められる背景として、世界のグローバル化、知識社会化が進むにつれ、多くの国でブレインパワーの重要性が増していることが挙げられる。ブレインパワーに着目し始めたのは、1997年にマッキンゼー&カンパニー社が「The War for Talent(人材獲得競争)」を提唱したころからではないだろうか。組織がグローバルな競争に勝てるかどうかは、リーダー候補人材を始めとしたトップタレントをいかに獲得し、育成できるかが最大の要因になるということに着目した。それから既に20年ほどたった今、リソースの中でも人材の重要性は増しており、トップタレントをいかに育成するか、さらに現場のニーズに即した適所にどうやって適材を配置・リテインするかということは多くのグローバル企業における課題となっている。

ダボス会議においても、「グローバルな競争が激しさを増す社会で人材を差別している余裕はない。競争力を維持するために、ベストな人材を集め、最も困難な課題に取り組ませることにより、最適な解決策を見つけることができる」(Robert F. Smith, Founder, Chairman and CEO of Vista Equity Partners)と語られている。また、「人口の半分を占める人材(女性)を差別することによって、利益を減らすことにもなる」ことも強調されている2。性別や国籍、人種等にかかわらず、多様かつ優秀な人材のブレインパワーを結集できる企業が競争に勝つことができるという事実は、今や世界の常識となっている。

2マッキンゼー社のレポート“Delivering on Diversity”(世界12か国の1,000社対象)によれば、ダイバーシティの度合いが高いトップ25%の企業の収益は、その度合いが低い25%の企業の収益より33%高いという結果が出ている

 

グローバル化とともに、ダイバーシティを後押しする潮流としては情報化社会がある。1990年代から本格的に始まったインターネットや携帯電話の普及、情報技術の高度化はダイバーシティ、そして女性の活躍を支える上で重要な役割を果たす。テクノロジーを活用することにより、在宅勤務やバーチャルな会議がやりやすくなり、柔軟な働き方が可能になる。

また、様々な事象がデータという形で明らかになることも情報化の進展によりもたらされた恩恵である。ダボス会議においても、「今後もデータは非常に重要なリソースの一つであり、それを解析することによって戦略立案に大きな影響を与える。例えば、男女間のリーダーシップや報酬差などの課題を浮き彫りにし、それに対する対策を考えることができる」(Adaire-Fox Martin, executive board member of SAP)という発言があった。制度的な障壁を取り除きながらダイバーシティを進めるために、データやその分析の重要性が指摘される一方、「人事考課結果の男女間の差について定期的に分析している企業は3分の1以下であり、また、その報酬差について分析している企業は3分の1をようやく超えるくらいしかない3。我々は、会社の財務データを扱うときと同じ手法を、男女間のギャップを表すデータにも適用すべきである。」(Julio A. Portalatin, CEO of Mercer)と述べている。

3 マーサーのダボス会議向け基調レポートである"When Women Thrive, Business Thrive"調査(「女性が活躍する時、企業も成長する」)による

歴史を振り返ってみると、テクノロジーの進展は中長期的に社会のシステムや「当たり前」を大きく変えるインパクトを持っている。工業化社会においては大きな資本や労働力を集約できる大企業が影響力を持っていたが、情報化社会、すなわち分散型の社会4においては、企業という枠組みや会社のあり方、そして個人の働き方や価値観までを大きく変えようとしている。ダイバーシティもその大きな流れの中の必然的な側面であるものの、その恩恵を享受することができるのはまさにこれからである。

4 「未来に先回りする思考法」(佐藤航陽)

 

ダイバーシティはどの企業にとっても取り組まざるを得ない課題であるという認識は徐々に定着しているとは言え、ダイバーシティを進めるための施策を実行するにあたっては様々な壁がある。最も強固な壁は、個々人が持つバイアス(偏見)である。バイアスを取り除くために、「昇格判定会議には必ず女性を参加させる、また、メンター制度を設けて(自分の能力を卑下しがちな)女性の能力を開放しようとしている」(Ricardo Marina, CEO of Itau Latam Unibanco)などの取組みが必要であろう。

また、壁を乗り越えながらそのような施策を実施していくためには、「個人と会社組織間の信頼関係、特に経営トップのコミットメントが非常に重要である」(Cindy Robbins, President and Chief People Officer at Salesforce)、また、「信頼関係は人材のリテンションにとっても重要」(Adaire-Fox Martin, executive board member of SAP)という指摘もダボス会議でなされている。さらに、「人口の半分を占める女性が直面する育児や介護は、もはやプライベートな問題ではなく、共通の課題である。それに対して、会社が育児休暇やベネフィットの制度を整備することが必要」との意見もあった(Sheila Marcelo, Founder and CEO of care.com)。また、「無自覚なバイアス(unconscious bias) を排除するためには、子供の頃からの教育(gender education) も重要である」という指摘もなされている(Leena Nair, Unilever CHRO)。

 

ダボス会議でのセッションでは、複数のパネリストより、Journey(旅)という言葉が出てきている。ダイバーシティに向けた旅、すなわち一人一人が偏見や差別にとらわれることなく、能力を最大限に発揮することができる社会や会社になるための長い旅は始まったばかりである。グローバル化やテクノロジーの進展により、「仕事が失われる」、「こういう職業は消える」という負の側面のみを強調しそれに抵抗するのではなく、人間がさらに成長し繁栄していくための機会ととらえ、そのために様々な英知を集める方向(=ダイバーシティ)に向かいたい。


 

執筆者: 伴登 利奈 (ばんどう りな)
組織・人事変革コンサルティング コンサルタント