資産運用のリスクとチャンス2018

2017年、投資家は、地政学的リスクを除けば安心してリスクを取ることができる環境にあったと見られ、株式、金利、クレジット(社債等)、通貨のいずれの市場においても大きな上昇や下落を見ることなく、株式やクレジットへの投資から、着実に収益を積み上げることができました。しかし、今後は市場に大きな動揺がもたらされる可能性も視野に入れて、資産運用ポートフォリオの持つリスクを再点検し、その結果次第で、ポートフォリオ・リスクを適切な形で落としておくことも検討に値するものとマーサーでは考えています。ただしこれは投資チャンスを放棄するものではありません。市場の動揺は新たな投資チャンスにもなります。それに備えておくことも今後の検討課題となるでしょう。

マーサーでは、今考えておくべき投資テーマを毎年見直しています。形を変えながらも設定された今年の4つのテーマのうちの3つまでが、それぞれに異なる背景から、市場の大きな動揺に注意すべきであることを示唆しています。

ひとつは、世界の中央銀行が量的な緩和政策から量的な引き締め政策に向かっていることです。日本では引き続き緩和的な政策がとられることが確認されていますが、米国ではバランスシートの正常化が表明されているほか、ユーロ圏でも2018年から資産購入ペースが減速され、また、英国でも昨年11月、2007年以来初めての利上げが行われました。今後、引き締めがどの程度のペースと規模で進められるかで、経済や金融市場に与える影響は異なってくるのでしょうが、金融緩和の規模がこれまでにないものだったことを考えれば、それを事前に評価することは非常に困難です。したがって、市場は2017年より、金融政策や景気動向に関するニュースに敏感に反応することが見込まれます。

二つ目は、過熱感もある米国のクレジット市場は、利上げが開始された今、循環的に考えれば、この過熱が長続きしない可能性もあることです。経済は順調、失業率は極めて低く、クレジット・スプレッドは金融危機前の最低水準にあります。その一方で企業の負債比率が上昇していることを考えれば、その利回りはリスクに見合ったものであるか慎重な検討が必要です。しかもクレジット市場は、主として危機後の銀行規制の影響で売買高が減少しており、ちょっと大きな売却があるとその際の下落幅が大きくなりやすくなっています。加えて、トレンド追随型運用戦略(オプション複製戦略に加え、リスク・パリティ型戦略、ボラティリティ・コントロール型戦略も広い意味でこれにあたる)の残高が増えていることを考え合わせると、その下落はさらに増幅されるものと見られます。

三つ目は、政治的に分断傾向が見られることです。1980年代初頭から、先進諸国の大部分において自由貿易、自由市場、小さな政府が総意として進められてきましたが、実質成長率の鈍化や不平等の拡大を背景に、米大統領選挙や英国民投票の結果に見られるように、この流れに対する人々の幻滅がひろがっています。政策が大きく変更される可能性は高まっており、上昇気流にあるグローバル経済が、孤立主義的・保護主義的貿易政策によってひっくり返されるリスクがあります。可能性は高くないと見るものの貿易戦争・通貨戦争が激化すれば株式、債券、通貨の各市場に大きな動揺をもたらすことが予想されます。とりわけ通貨市場には大きな影響があるものと見られ、株式市場や債券市場への影響が小さくとどまるシナリオでも、通貨リスクには注意が必要と考えています。

以上の投資テーマの示唆を受け、ポートフォリオ・リスクを保守的に評価することをお勧めしますが、その結果、リスクが自らの許容できる水準を超えることが明らかになった場合には、以下のような方策がヒントとなるかもしれません。ポートフォリオ見直しの一助としていただければ幸いです。

まず金利リスクについては、ポートフォリオの金利感応度を落とすため、資産担保証券に多く見られる変動金利型の債券、プライベート・デット、絶対収益型の債券運用戦略などに入れ替えていくことです。とくに絶対収益型の債券運用戦略には、債券市場の変動性の高まりそのものを収益源にすることができる戦略もありそうです。なお、金利の上昇は株式市場にも影響があるものと見られますが、中でも、これまで「債券代替」として選好されてきた高配当利回りなどの銘柄群について注意が必要です。

クレジット・リスクについては、社債等への投資比率を直接減らすことです。混乱が生じない場合の機会費用が懸念されるようであれば、現時点で米国クレジット市場ほどの過熱感のない新興国に投資を振り向けることも考えられます。拙速な金融引き締めによる金利の深刻な上昇が重なれば、借り換え困難に陥った企業のデフォルトが発生し始める可能性があります。このシナリオを収益化できる戦略としては、ディストレスト(破綻)債権、クレジット・ロング・ショートなどが考えられるでしょう。これらの戦略は、今ごろ、こうしたシナリオを虎視眈々と狙っているかもしれません。

株式リスクを中心にポートフォリオ・リスク全体を落とす場合には、株式を減らし、より安定的なヘッジファンドや、インカム収入の得られるシニア・プライベート・デット、不動産に振り替えるなどの「ディフェンシブ・シフト」が考えられます。為替リスクのみであれば、為替ヘッジ方針を保守的に改定することで対応できるでしょう。

なお、四つの投資テーマの残る一つは、スチュワードシップ責任についての機関投資家の意識が高まっていることです。日本でも「『責任ある機関投資家』の諸原則」が整備され、年金基金が運用受託機関を選任する際には、この受け入れやその取り組み状況を考慮することが望ましいとされることになりましたが、イギリスやEU圏においても、この1-2年で、環境・社会・ガバナンス要因に配慮した投資を行うことと受託者責任の両立についての整理が進みました。中長期的なグローバル・トレンドとして今後重要性が増していくものと認識しています。


 

執筆者: 今井 俊夫 (いまい としお)
資産運用コンサルティング シニア コンサルタント