"働き方改革"のインパクト

平成29年(2017年)3月28日 官邸主導の政策会議の一つ、働き方改革実現会議から「働き方改革実行計画」が示された。

いわゆる"働き方改革"という言葉は、一般には"生産性向上"、"残業削減"、"年休取得推進"、"過重労働の回避"としての意味合いで捉えられているが、「働き方改革実行計画」は、『処遇の改善(賃金など)』、『制約の克服(時間・場所など)』、『キャリアの構築』という3つの方向性に対し、雇用形態から雇用条件、処遇、労働環境、福利厚生全般に及ぶ改革を実施することを目指したものである。

主な改革に関する内容は9テーマ、19項目に及ぶ1。政府による労働関連法制に関する検討において、これほど広範な指針が提出されることは、筆者が知る限り初めてのことと言える。まさに、同報告が言う、労働基準法70年の歴史の中で歴史的な大改革を含むものであり、政労使が、必ずやり遂げるという強い意志を持って法制化に取り組んでいかなくてはならない。との文言が、誇張ではないことを感じる。

1働き方改革実行計画(工程表)
主な検討テーマと対応策:
  1. 非正規雇用の処遇改善
    (1) 同一労働同一賃金の実効性を確保する法制度とガイドラインの整備
    (2) 非正規雇用労働者の正社員化などのキャリアアップ推進
  2. 賃金引き上げと労働生産性向上
    (3) 企業への賃上げの働きかけや取引条件改善・生産性向上支援などの賃上げしやすい環境の整備
  3. 長時間労働の是正
    (4) 法改正による時間外労働の上限規制導入
    (5) 勤務間インターバル制度導入に向けた環境整備
    (6) 健康で働きやすい職場環境の整備
  4. 柔軟な働き方がしやすい環境整備
    (7) 雇用型テレワークのガイドライン刷新と導入支援
    (8) 非雇用型テレワークのガイドライン刷新と働き手への支援
    (9) 副業・兼業の推進に向けたガイドライン策定やモデル就業規則改定などの環境整備
  5. 病気の治療、子育て・介護等の仕事の両立、就業者就労の推進
    (10) 治療と仕事の両立に向けたトライアングル型支援などの推進
    (11) 子育て・介護と仕事の両立支援策の充実・活用促進
    (12) 障害者等の希望や能力を活かした就労支援の推進
  6. 外国人材の受け入れ
    (13) 外国人材受け入れの環境整備
  7. 女性・若者が活躍しやすい環境整備
    (14) 女性のリカレント教育など個人の学び直しへの支援
    (15) パートタイム女性が就業調整を意識しない環境整備や正社員女性の復職など多様な女性活躍推進
    (16) 就職氷河期世代や若者の活躍に向けた支援・環境整備の推進
  8. 雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の充実
    (17) 転職・再就職者の採用機会拡大に向けた指針策定・受け入れ企業支援と職業能力・職場情報の見える化
    (18) 給付型奨学金の創設など誰にでもチャンスのある教育環境の整備
  9. 高齢者の就業推進
    (19) 継続雇用延長・定年延長の支援と高齢者のマッチング支援

そのロードマップを見ると、その多くは、環境整備・助成などの支援策の検討(予算措置)が中心となっている。但し、来年度より「施行準備・法改正の施行」と記載されている以下の項目については、来年度からの対応の検討が必要となると想定される。その点は、以下の項目である。
 "同一労働同一賃金の実効性を確保する法制度とガイドラインの整備"
 "法改正による時間外労働の上限規制の導入"
 "勤務間インターバル制度導入に向けた環境整備"

今後、しばらくの猶予期間が設けられることが想定されるが、"同一労働・同一賃金"を実現すること、"過重労働を回避すること"の二つについては、その対応が必要となることは間違いがないようだ。

後者については、具体的な数字ガイドラインに基づく法改正への対応となるが、"同一労働同一賃金"に関しては、基本方針は日本から"非正規"という言葉を一掃するという強い意志を持った対応を行うことを目指しており、その方向性は、平成28年(2016年)12月20日に示された"同一労働同一賃金ガイドライン案"2がより具体化する形で示されると想定される。

その内容は、基本給・手当・福利厚生・教育訓練・安全管理等の処遇全体に亘り、「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲」「その他の事情」の3つの点を考慮し、同じ場合は「同じ待遇」を実現する「均等待遇」を実現すること、及び、「不合理」な待遇差を禁止するという「均衡待遇」という二つの方針での対応を求めていくこととなる。

この指針における対応の難しさは、具体的な数値で示される労働時間の規制と異なり、示されるのはあくまでもガイドラインであり、EUにおいて"客観的正当化事由"を"司法判断"とすることを引き合いに出していることから、多くの範囲が規制監督官庁の判断もしくは司法の判断に委ねられる形となることが想定される点である。

これが意味するところは、現時点では、検討の対象は、非正規社員(パート労働者・有期契約労働者・派遣労働者)の処遇格差の解消という点を中心に検討が進められていくが、今後の運用上、正社員においても同様の原則が適用されていく可能性があることだ。その備えが必要となると考えられる。

昨今、各社では、大手を皮切りに、この変化を先取りし、非正規雇用の原則廃止を進めているケースが増えてきている。一方で、こうした対応においては、新たな手当・賞与の支給などでかなりの人件費の上昇が必要となる部分の覚悟が必要である。

一方で、同指針においては、基本給を始めとした賃金制度の決定要素が多様であることを前提としており、各企業において職務や能力の明確化とその職務と能力等と賃金等の待遇との関係を含めた処遇体系全体を話し合うことを肝要なものとしている。これは、こうした一連の改正に備え、自社に合った、「均等待遇」と「均衡待遇」のあり方、その基準となるものを先んじて見直すことを推奨していることを意味している。

最終的には、今年度の通常国会での審議等の推移と結果を見守る必要があるものの、現在の個社の処遇体系の考え方が、上記の原則に照らした中で、どのようなインパクトをもたらすのか。その検討と備えを行うことは不可欠な情勢にある。と筆者は考える。


 

執筆者: 中村 健一郎 (なかむら けんいちろう)
組織・人事変革コンサルティング プリンシパル