データで俯瞰するアジアの人材市場

約5年間にわたる低成長期を経て世界経済はようやく緩やかな回復期に入った。中でもアジアは、各国のインフレ率がビジネスに与える影響に懸念はあるものの、世界で最も低い失業率と最も高い国内総生産(GDP)の成長率を記録し、世界的な経済回復の最前線に位置しているといえるだろう。

以前に、明日から役に立つアナリティクス、として組織の生産性指標、要員構成や報酬の市場水準データ要員の人口動態の見える化をご紹介したことがあったが、本稿ではこれに続く"明日から役に立つアナリティクスPart3"として、データを用いて、経済回復最前線のアジアの人材市場を俯瞰してみたいと思う。本稿をお読みの皆様の中には、肌感覚として既にご認識の内容もあるかもしれないとは思いつつ、マーサーが報酬サーベイ等を通じて収集したデータを持ってこれらを把握する、ということにトライしたい。

アジア全体の労働市場を見回してみると、顕著なトレンドとして特定のスキル分野での人材不足が挙げられる。
Digital Disruptionへの対応の一貫という意味合いも含めて、新技術を用いた製品・サービスを取り扱うセールス、マーケティングやアナリティクスを担当することになるエンジニアリング、職種の中でも経験豊かな人材は、アジアのほとんどの国で採用が困難な状態にある。

HOT JOBS Difficult to attract 惹きつけ(採用) が難しい職種

マーサーの報酬サーベイへの参加企業に対して採用が困難な職種を調査(2017 Total Remuneration survey)
採用が難しい職種
Source: 2016 Mercer Total Remuneration Surveys

HOT JOBS Difficult to retain 慰留が難しい職種

マーサーの報酬サーベイへの参加企業に対して慰留・定着化が困難な職種を調査(2017 Total Remuneration survey)

たとえ確保ができたとしても、セールスは、一度採用してもその後の慰留・定着化が難しい職種とされ、2016年頃から増え続けているマーサーへのお客様からのお問合せ内容を踏まえても、セールス職種の人材を惹きつける魅力的なセールスインセンティブプログラムの開発は企業のひとつのトレンドとなっていると言えそうである。

定着化が困難な職種
Source: 2016 Mercer Total Remuneration Surveys

そんな人材売り手市場の中、報酬情報が求人掲示板やソーシャルメディア上で容易に入手可能になっていることも影響して、従業員の企業に求める報酬に対する透明性や情報開示レベルに対する期待はより高くなってきている。現に、マーサーのGlobal Talent Trends Study 2017によると全世界の調査対象従業員の47%が公平で競争力のある報酬を仕事の状況を改善する要素としてランク付けしている。また、日本においては、同質問に対して、報酬決定の透明性が挙げられている。企業は報酬に関する意思決定の曖昧さや裁量を減らし、データ分析を活用して自社のビジネス戦略に紐づく報酬の考え方やポリシーを明確にした上で従業員に積極的に伝えてゆくことが求められるようになってきているといえよう。

仕事を取り巻く環境を改善するための重要事項

マーサーが実施しているHRに関するトレンド調査レポートにおける質問事項に対して約5400名の調査対象者の回答結果(Global Talent Trends Study 2017)

一方で、グローバルや地域で“ひとつの”報酬制度が、全ての従業員にフィットするかと言うとこれもまた難しい現状もある。日本では、高年齢労働者の活用がひとつのトレンドになりつつあるが、香港、韓国、シンガポール、タイにおいても人口の年齢中央値が40歳を上回っている。逆に、インド、インドネシア、フィリピンのそれは30歳を下回っており、従業員が仕事、報酬に求める内容の違いは想像に易い。

各国人口の年齢

Source: UN Population Data 2016
Note: Estimation of population assumes that mortality and birth rate remain constant

激化するアジアの人材市場の中で、競争力を有する報酬を実現することは容易ではないが、市場全体の従業員セグメントに適用する報酬制度を設計するには、これら全てのトレンドを踏まえて、柔軟性の高い制度を考えてゆく必要がある。新しいトレンドに対して軌道修正を図る、よりダイナミックなアプローチをとることが求められているといえるのではないだろうか。

限られたデータから、全体像を推察することは、容易ではない上にリスクを伴う一方、全体像や発生事象を捉えるのに十分な情報を基に意思決定できるケースの方が稀、というのが現実である。収集データやその集計結果はあくまでひとつの点に過ぎない。現時点で、それらをつないで線とし、描く道筋へのステアリングはAIや特定のアルゴリズムではなく、使う側の"ヒト"が握っていると言えよう。"項目や内容が完全でないからデータが使えない"と一刀両断する前に"どうしたら現状のデータを使えるか"を考えてみるのも悪くない。


 

執筆者: 伊藤 実和子 (いとう みわこ)
プロダクト・ソリューションズ コンサルタント