アジアのミレニアル世代とどう向き合うか-近頃の若者はなぜすぐ辞める

現在シンガポールオフィスにて働く筆者の友人たちの話をしたい。

米系企業で働くアメリカ人のAさんは、勤続10年になる。Aさんの企業の従業員は会社へのロイヤルティが高く、米国内では離職率が低いことで知られている。Aさんはその秘訣をジョブローテーション等で社内での新しいオポチュニティを提供し、常に個のモチベーションアップ、キャリア形成に寄与していることだと考えている。しかし3年前にシンガポールに赴任してきたAさんは、離職率が低いはずの自分の企業でいともに簡単に若手従業員が離職していく様子を見て驚いたのであった。

日系企業で働くBさんは新卒入社2年目。仕事に対する態度も真面目で、意欲的に取り組む姿勢を見せていた中、突然退職を宣言。Bさんの上司や人事担当者はとても困惑した。
Bさんは自分が理想とするキャリアパスとのずれ、自分の働く企業が社会で果たす意義に対する疑問、これから社内で得られるであろう経験値の限界が見えたことから、早々に会社に別れを告げたのであった。

シンガポール政府系企業で働くCさんは新卒入社3年目に昇進し、順調に給与も上昇していた。特に不満もなかったが、休日のカフェでとある友人から持ちかけられた米系テクノロジー企業への転職に2つ返事でOK。この転職で彼の給与はこれまでの2.5倍に跳ね上がった。

近頃の若者は・・・とはよく言ったものだが、アジア(特にシンガポール)の若者は3年同じ企業に居たら長い方だとも言われるほどジョブホッピングが当たり前になっている。近頃の若者が一体何を考えているか、近頃の若者の一人である筆者(僭越ながら自分で若者にカテゴライズさせて頂く)の目線でご紹介したい。

なぜアジアの若者はすぐに辞めるのか

「近頃の若者」を指す言葉として「ミレニアル世代」という言葉を耳にされたことがある方も多いのではなかろうか。
ミレニアル世代とは1980-90年代生まれの世代で、思春期にテクノロジーの発展を享受した世代のことを指す。デジタルによってもたらされた大量の情報を消費する中で、価値観が多様化・細分化された世代ともされている。
ミレニアル世代の特徴としては(1)組織よりも個を大切にする (2)数値ではないものに価値を見出す(売り上げだけでなく社会的意義を求める等) (3)わかりやすく・早い成長を求める (4)自己顕示欲が強く、ポジティブな自由主義者で変化をいとわないといった点が挙げられている。筆者自身も自分の周囲を見渡してみて、この指摘は非常に的確であると感じている。
2020年までに全世界の労働人口の約35%がミレニアル世代になると予想されており、ASEANでは既に現在の労働人口の25%がこの世代となる。1
ミレニアル世代は転職に対してポジティブであり、66%が2年以内の離職を考えている。2
その根底にはミレニアル世代と企業との価値観の相違が大きく影響している。

1) Euromonitor(EIU)
2) Deloitte

ASEANは日本と比較すると元々世代を問わず離職率が高い地域であり、およそ日本の1.5倍以上となっている。

図:Mercer Total Remuneration Surveyの結果より、離職率のアジア各国平均
(JP:日本、SG:シンガポール、MY:マレーシア、TH:タイ、ID:インドネシア、VN:ベトナム、PH:フィリピン、MM:ミャンマー)

Source: Mercer Total Remuneration Survey

ASEAN、特にシンガポールでの離職率の高さの原因として下記の3点が指摘されている。

  • (1) 会社に対するLoyaltyの低さ、帰属意識の低さ
    日本では新卒入社した会社を勤め上げ、会社の中でキャリアを築いていくのに対し、特にシンガポールではキャリアは個人にオーナーシップがある。「自分でキャリアを築いていく」という意識が強いため、会社に対する帰属意識というものが低い。
    (そのためか、自己紹介でも"I work for XYZ"というより"I work with XYZ"と話す人に筆者は多く出会う気がする。)
  • (2) 転職を給与アップの機会として捉えている
    自社での地道な昇給率を積み重ねていくよりは、誰だって近道をしたい。特に成長率が著しく、人材が不足しがちな国では、人材の市場価値も高騰する。結果、外部からの人材流出の「Pull要因」が強くなってしまうのである。
  • (3) 優秀な人材獲得のために、報酬を惜しまない企業が多い
    特にテクノロジー系企業では、優秀人材に対しては惜しみなく報酬を払うようである。前述の友人Cのように前職の数倍に給与が増えることも珍しくはないようだ。

ASEAN地域でのキャリアの捉え方、マーケットの特徴に加えて、ミレニアル世代特有の考え方・価値観が相まって退職率に拍車がかかっているというのが筆者の見解である。

アジアの若者とどう向き合うか

アジアの若者はすぐ辞めてしまう。しかし、未来のビジネスを担うコア人材として会社で成長してもらわなければならない。若者の望む全てを与えることは難しいが、企業は未来の人事制度・組織へ変革する必要がありそうだ。

まずは社員のことを知る、すなわち彼らが企業に対してコミットする上でのキードライバーを知ることが必要となる。
なにが彼らを夢中にさせ、やる気を引き起こすのか。逆に何が充足されないと、モチベーションが下がってしまうのか、これらを把握することが若者と向き合うことへの第一歩となるだろう。

それを知る一つの手段としてEngagement Survey(従業員意識調査)というものがある。
Engagement Surveyとは年次など定期的に従業員のモチベーションや組織への貢献感、また組織に対する満足度を測るサーベイとして行い、調査結果をもとに現在の組織の人事課題を洗い出すツールである。
エンゲージメントとは、単に会社に対して忠誠心を持っているかということではなく、自身のキャリアパスとの適合性や、環境の満足度なども踏まえて、「今の仕事にやりがい・やる気を持って取り組めている」状態であるかを測るものである。
この調査を活用することで、自社の組織の中で世代・職種によってどのような考え方の違いがあるか、何がエンゲージメントを高めるのかを洗い出すことが可能となる。
この結果を用いて、現時点で評価の高いものをどのように維持し、低い評価をどのように高めるか社内でディスカッションしていく上での足がかりとすることができる。

ミレニアル世代の若者は働くことの意義、望む働き方のスタイルやキャリアに対する考え方が従来の世代から変化している。彼らにとって働くことは所属する会社に対して貢献しお金を稼ぐことではないし、彼らは自分のキャリアの構築のためには環境の変化を恐れない。従来当たり前とされてきた仕事・働き方の概念に基づいた人事制度・仕組みは、テクノロジーの発展によってもたらされた多様で・細分化された価値観に対応しきれなくなってきている。

これまでの日本の人事制度は、終身雇用を前提としたものであったため、その恩恵を「与える」側である会社の権力の強い仕組みになっており、全ての従業員を一様にとらえた人材開発、福利厚生を提供してきた。また海外での事業展開の際にも日本の人事制度をベースとしているケースが多いように見受けられる。従業員が育ってきた環境・考え方・文化の異なる海外で伝統的な日本式の人事制度は果たして好意を持って受け入れられているだろうか。

今後マジョリティと化していくミレニアル世代の労働力に対して、時代と地域・国に合わせた組織・人事のあり方が求められるのは間違いない。


 

執筆者: 緋田 恵美 (ひだ めぐみ)
Mercer Asia Japanese Business Advisory and M&A Transaction Services アナリスト