コンサルタントコラム 726
人事のアナリティクス初級編: 海外子会社のワークフォース見える化とベンチマーク

過去に、組織人事のデータアナリティクスの最前線として、離職予測や既存の高業績者をベースにした採用候補のプロファイリングをご紹介したことがあったが、この手の分析に今期の数字への貢献を求めるのはなかなか難しいのが現実である。そこで本稿では、「明日から役立つ」をテーマにデータアナリティクスの実例をご紹介したい。

「組織の生産性や効率性を管理する」といった時によく使われる指標として、1人当たり売上や、直間比率、管理職比率、離職率等が挙げられる。しかし、これらの指標のモニタリングは想像以上の苦労を伴うケースが多い。断絶したシステムからのデータ抽出や海外拠点からのデータ提供依頼など、やっとの思いでモニタリングするデータを集めても、マネジメントからの素朴かつ容赦ない問いにどのように応えるか、日々、頭を悩ませることになるからである。

  • うちの間接部門比率は業界水準と比べてどうなんだ?高すぎるんじゃないか?
  • 業界における平均的な機能/職位別の要員構成に対して、自社は何がどう違うのか?
  • 支給されている報酬金額は、現地市場の報酬水準と比較して十分なのか?

今日ご紹介する明日から役立つ組織人事のビッグデータ、それは、組織の生産性指標、要員構成や報酬の市場水準データである。

以下AとBの図は、ASEANのライフサイエンス産業と、自動車を中心とする移動設備産業の職位別要員構成の市場水準値を示したものである。さて、どちらがどの業種のものかおわかりだろうか?(正解は本コラム文中に記載)

(A産業)
ASEANにおける標準的な機能別の要員構成

(B産業)
ASEANにおける標準的な機能別の要員構成

AではMarketing、Marketing & Sales、Salesを合わせると80%を超えるのに対してBでは約30%。一方、Aでは10%に届かないManufacturingがBでは約45%を占めている。A産業は生産よりもマーケティングや営業活動を重視したビジネス、B産業は生産活動を主軸としたビジネスと言える。

Aはライフサイエンス、Bは自動車を含む移動設備産業の要員構成の中央値をグラフにしたものである。(データはマーサーの報酬サーベイに基づく要員構成情報をベースに算出しており、サーベイ各参加企業の要員構成の中央値を表示しているため、合計が100%とならないケースがある)

さて、皆さんの企業と比較していかがだろうか?

要員構成はビジネスモデルを如実に反映する上、製品や戦略の違いを考慮に入れると直間比率や離職率のあるべき数値を一概に言い切ることは簡単なことではない。理論上、各社の指標値と業績変動との相関を分析すれば、「理想的な直間比率」や「最適な管理職比率」を求められる可能性はあるものの、現時点ではまだその算出には至っていない。

これらの数字はあくまで業界水準値であり、業界の最適値を表しているわけではないため、自社と業界水準値の単純比較による評価はリスクを伴う。一定以上のGAPが見出される場合、重要なのはその理由。自社のビジネスモデルや製品特性、戦略的な要員投資など、考えうる理由を仮説に事実検証・検討を重ねてもなお「妥当性なし」と判断される部分が、リカバリーすべき市場とのGAP、つまり課題と呼ばれることになる。

グローバルに事業を展開する日系企業においては、海外子会社の要員管理は基本的には現地に任せていることが多く、その実態を正しく把握している企業は意外と少ない。以下は、こういったデータを用いて、要員構成を職種別、職位別に見える化したことによって発覚した実例のほんの一例である。

  1. マネージャーの構成比が市場の3倍!
    顧客企業に対する自社の交渉力や印象を考え、フィールドに出ている社員の6割をマネージャーにした。名刺の記載職位名のみを変えることはよくあるが、この子会社では実際に昇格させ報酬も上げていた
  2. 全体の2割が人事部!
    生産現場において、5年目以上の社員の一部を「技術指導員」としてすべて人事部所属にしていた。本社に月次報告する経営管理指標に含まれている「一人当たり生産高」は生産部門の要員をベースに算出されるため、過去の報告では問題にならなかった

皆さんの企業の海外子会社は大丈夫だろうか?人事は現地に任せている、のではなく、もしかしたらそれは、放っている、のかもしれない。もしかしたら、本当かと思うようなことが実際に起こっているかもしれない。また、こういった見える化やベンチマーキングはデータアナリティクスの成熟度や難易度としては決して高いものではないが、効果的なものである。

本当に導出されるかどうかわからないとがったインサイトより、手に取りやすくアクションにつながる確かな仮説検証、というのが、企業のビッグデータに対するスタンスの大半を占めることを思えば、クイックな見える化とベンチマークは早期に果実を手にできると想定されることから、最初に取組むのに適したアナリティクスと言えるに違いない。