海外赴任者の現地支給額はなぜ下がる?

多くの日本企業では2017年度の海外赴任者給与の年次改定を終えられた時期かと思う。
マーサーに寄せられた、今年度の海外赴任者給与に関する問い合わせとして多かったのは「なぜ現地通貨建て任地生計費(しばしば現地給与や現地支給額と呼ばれる)が昨年と比べ下がっているのか」というものだった。

特に、「任地の物価は下がっていないのになぜ現地給与が下がるのか」といった任地に焦点をあてた内容が目立った。しかしながら、現地通貨建て任地生計費の変動要因は任地の物価だけではない。

マーサーのICSデータをもとに、本国購買力補償方式を採用した海外赴任者給与の計算を行っている場合、現地通貨建て任地生計費は下記の計算式で計算されている。

現地通貨建て任地生計費=本国生計費×(インデックス/100)×為替レート(/100)

そのため、現地通貨建て任地生計費の変動要因を分析する際には下記2つのポイントをまず確認することが必要となる。

1) 本国生計費の変動
2) インデックスの物価による変動

それぞれのポイントごとに説明したい。

1) 本国生計費の変動

本国購買力補償方式は、赴任先でも本国と同等の購買力を補償するものである。そして、本国と同等の購買力を補償する任地生計費の計算のベースとなっているのは、本国の同年収・家族人数の人々が日々の生活への支出額である本国生計費(=本国の購買力)である。ICSデータの本国生計費は各国の政府データ等をもとに作成されており、年1回更新されている。

この本国生計費の金額が昨年と比べて増えた(=本国の購買力が上がる)場合、任地生計費の計算のベースとなる金額も増えることとなるため、任地生計費が増額する要因となる。反対に、本国生計費の金額が昨年と比べて減った(=本国の購買力が下がる)場合、任地生計費の計算のベースとなる金額も減ることとなるために、任地生計費が減額する要因となる。

物価が上がれば本国生計費の金額も増えるのではないか、といった問い合わせも多いが、物価が上がっても本国生計費は減ることはある。

例えば月々20万円を生計費に費やす生活を送っていたとして、今月から消費税が2%上がったという場合、先月まで20万円分を費やしていた物を買ったとしても、支出額は20万4千円となる。しかし、生計費に費やすことのできる金額は20万円しかない。この場合、今後も20万円の生計費で月々生活していくために支出の内容を変える、買うものを減らす、といった行動になり、財布の紐が固くなる場合もあるのではないだろうか。そうなると、増税分物価は上がるが、生計費への支出額は変わらない、もしくは減る(購買力が下がる)、ということが起こる。増税以外の理由で物価が上がっても同じことが言える。

2) インデックスの物価による変動

インデックスは本国を100として、本国通貨でみた本国と任地の相対的な物価差を表す指数である。そのためインデックスには任地の物価だけでなく、本国の物価も反映されている。海外赴任中の方々においては本国の物価を実感することが少なくなるのでしばしば見落とされがちな点だが、本国側の物価変動もインデックスの変動要因となる。

そして、インデックスが昨年比でマイナス変動となった場合、任地の物価が下がっているのかという問い合わせも多くなるのだが、インデックスの変動理由は必ずしも任地の物価が下がったことによるものとは限らない。任地の物価は上昇していても、インデックスがマイナスに変動することはある。本国側の物価上昇が任地の物価上昇よりも大きく、本国と任地の物価差が縮小する場合である。

物価差が縮小する、というとイメージしづらいかもしれないが、例えば昨年はペン1本の価格が日本では100円、任地は日本円で130円だったとする。しかし今年の価格は日本では120円、任地は日本円で140円となれば、日本と任地の物価差が縮小する、となる。そうなると任地の物価は上がっているにも関わらず、日本側の要因によりインデックスが下がる、といったことが起こる。

以上のような、本国側の要因によっても現地通貨建て任地生計費は変動しているのである。それでは、なぜそもそも本国購買力補償方式を採用しているのか、といった話も出てくるかと思う。

本国購買力補償方式は、2-5年の海外勤務の後、本国へ帰任する海外赴任者に対して適用していただく方式である。本国への帰任を前提とした赴任であるために、海外赴任者給与も本国の人事規程をベースとした処遇になっている。処遇が本国とのつながりを意識したものであるため、どこに赴任したとしても補償するのは本国の購買力である。

任地の物価や為替の影響を受けてしまうものについては、本国の同年収・同家族人数と同等の購買力を補償し、どこに赴任したとしても本国と損も得もない水準を補償できる処遇方法となっている。

本国で生活している側からすれば、本国では生計費に費やす支出を抑える傾向にあることや、物価が上がってきている状況などは感じやすいが、海外で生活する赴任者への説明では苦労される部分もあるかと思う。このような状況下において、今一度海外赴任者の処遇が本国の購買力を補償するものであること、現地通貨建て任地生計費は本国側の要因によっても変動するものであることの参考になれば幸いである。


 

執筆者: 九内 礼 (くない れい)
プロダクト・ソリューションズ アソシエイト・コンサルタント