コンサルタントコラム 737
現実味を帯びてきた「モチベーション3.0」時代の人材マネジメントにおいて報酬制度はどうあるべきか?

ここ最近、外資系企業やベンチャー企業を中心に、「個人の報酬にパフォーマンス評価を直接反映させない」とする報酬制度の導入が増えてきている。このような報酬制度は、金銭的インセンティブ(アメ・ムチのような外的な報酬)が個人の創造的な活動に対して適切なモチベーションを与えない、という考えに基づいており、これは多くの方がご存知のとおり、ダニエル・ピンク提唱の「モチベーション3.0」が契機となっている。

2009年にダニエル・ピンクが「モチベーション3.0 (原題Drive)」を提唱した当時、この考えはまだ机上の読みものとしての側面もあっただろう。しかし、それから7年が経過し、様々な試行錯誤を通じて人材マネジメントの仕組みとした先進的な企業が顕在化してきていると言える。「モチベーション3.0」の考えではアメ・ムチのような外的な報酬を行うべきではない、としているが、では実際の報酬の仕組みとしてはどうあるべきだと述べているのだろうか。パフォーマンス評価と報酬を切り離すことが最適解なのだろうか。本著を「報酬制度」という切り口で、改めて読み解き、あるべき報酬の形について考察してみたいと思う。

「モチベーション3.0」では、アメ・ムチのような外的な報酬のデメリットとして「内発的動機を失わせる、創造性を蝕む、短絡的な思考を助長する等」を証明しており、結果として組織・個人の成長の阻害につながるとしている。では、外的な報酬に代替する報酬の仕組みはどうあるべきだと、述べているのだろうか。

その一つは、本書のテーマになっている「内発的動機を推進する非金銭的報酬」である。「モチベーション3.0」では、現代社会に求められる創造的な活動を促進するのは外的な動機ではなく、内発的な動機であるとしている。そして内発的な動機とは "自律性(自分の人生を自ら導く)"、"マスタリー(自分にとって意味のあることの上達)" および "目的(自身の利益を超えたことのための活動)" の3つの観点から構成され、私の理解を含めてまとめると、内発的な動機を推進する非金銭的な報酬とは以下のようになる

  • 自律性の推進: 個人の時間・業務の裁量を増やしたり、個人の成果がポジティブに評価されたりする等、個人の自主性や能力・人間性が、相互に尊敬されている環境が用意されること
  • マスタリーの推進: 本質的に個人の能力と整合する課題に取り組めたり、スキルフルな上司・同僚から適切なフィードバックを受けられたりする環境が用意されること
  • 目標の推進: 収益の最大化だけではない社会・世界に影響を与える大きな目的を組織として持っていたり、あるいは個人が大きな目標を推進したりすることが称賛される環境が用意されること

そしてもう一つは、「外的な報酬ではない金銭的な報酬」である。「モチベーション3.0」では、金銭的な報酬は動機づけではない「基本的な報酬」であるべきとしている。それはすなわち、社内外に対して公平な報酬であり、日常業務を遂行する上で強く意識されない報酬であるべきとしている。

  • 社内に対して公平な報酬: 単に全員一律もしくは年功的な報酬という意味ではなく、職務(企業への貢献度)の大きいもしくは業務負荷の大きい社員が、他社員よりも高い報酬を支払われているという公平性があること
  • 社外に対して公平な報酬: 職務の大きさの観点で、社外と同等以上の報酬が用意されること
  • 日常業務を遂行する上で強く意識されない報酬: 「(成果連動の)交換条件付き報酬」ではなく、特別報奨のように支給の有無や水準が曖昧だったり、複雑なKPIに連動した報酬であったり等の「思いがけない報酬」であること

上記を踏まえて、最初の課題認識である「パフォーマンス評価と報酬を切り離すこと」のメリット・デメリットやそれを成功させる要諦について考えてみたい。

「パフォーマンス評価と報酬を切り離すこと」のメリットとしては、組織として従業員の志向が報酬に強く向いてしまっているために、中長期的な取組みの評価が困難な環境になっていたり、報酬に引っ張られて評価に歪みが生じてしまっているようなケースを是正できるということが挙げられるだろう。一方で、デメリットとしては、評価に対する報酬の即時性が弱まりやすいため、既に現行のパフォーマンス評価が職務の大きさや業務負荷の大きさを適切に判断できており、その報酬が社内外の公平性の向上につながっているような場合には、評価と報酬のひも付けを弱めることにより従業員のモチベーションに悪影響を及ぼすリスクがあると言える。

このような観点で、多くの日系企業の現状の報酬の仕組みを振り返ってみると、どのようなことが言えるだろうか。私の感覚的なところも多いが、多くの日系企業は、そもそも報酬の位置づけを「アメ・ムチのような外的な動機づけ」ではなく、組織にとって必要な社員、貢献度の高い社員に対して、会社として適切に遇するという立場をとっていると言えるのではないだろうか。またそれを適切に判断するための評価についても、厳しく各社の中で問うてきていると認識している。その意味では、既に「モチベーション3.0」の与件となっている報酬の建付けを実現しているとも判断できるため、これまでの延長で企業活動を行う限りにおいては、無用に「パフォーマンス評価と報酬を切り離す」必要性は低いと考える。

しかしながら、もし企業がグローバル展開を強く進めていく中で、社内の公平性を適切に評価することが難しくなっていたり、アメ・ムチのような外的報酬を是とするマネジメントを推進する海外関連会社がいるような場合には、「パフォーマンス評価と報酬を切り離すこと」はそれらを抑制する一つのオプションとなりうると言えるだろう。

2000年代、報酬制度のパラダイムシフトとして成果主義フレームワークの導入がもてはやされた時代があった。現在では多くの企業で、企業体制に合わせて適切にカスタマイズして成果主義フレームワークを活用しているものの、当時は個人のモチベーションや企業の成長の低下につながってしまった企業も少なくなかった。そこには、少なからずフレームワークの概略だけを理解しただけで仕組みを導入してしまい、企業としての強みを損なってしまったことがあったのではないか。

もし今回の「モチベーション3.0」の時流が、報酬制度の新しいパラダイムシフトになりえた場合、何よりまずフレームワークを導入して運用しながら最適解を探っていく方法ももちろん悪くはないだろう。しかし、新しいフレームワークを導入する前に、そのフレームワークの持つ本質的な狙い・効果を見極めつつ、現行組織の強み・課題を深く見据えたうえで、導入の初期段階でその時点における最適な仕組みを厳しく問うことは、人材マネジメントにおける一つのリスクマネジメントとして非常に重要であると考えている。