コンサルタントコラム 702
NHK朝ドラ「あさが来た」に見る経営チームの姿

現在NHKの朝の連続ドラマ小説で放映されている「あさが来た」では、大同生命の創業者であり、日本女子大の創設者でもあった広岡浅子氏の生涯が描かれている。モデルである江戸時代の豪商「加島屋」は、ドラマ内では「加野屋」と改められ、「広岡」姓は「白岡」姓とする形で修正され、物語自体は史実を盛り込みながらも、かなりの脚色を加え完全なフィクションとして展開されている。(炭鉱のエピソード等、史実とは異なる部分が明らかにあるので見るときには注意が必要)

しかしながら、このドラマの加野屋における経営陣のリーダーシップには、しっかりしたプロットが仕掛けられている。リーダーシップに求められるエッセンスであるHead, Heart, Gutsのバランスの大切さを、人間模様と一人一人が成長する姿に込めながら物語を進めている。更に言えば、近代経営の基礎である所有と経営の分離の姿もうまく描かれているように見える。

リーダーシップに関するHead、Heart、Gutsの3つの能力は、2006年に出版された“HEAD, HEART & GUTS – How the World’s Best Companies Develop Complete Leaders”(David L. Doltlich、Peter C. CAIRO, Stephen H. Rhinesmith)という書籍に詳しく紹介されている。

  • HEADは、高い知性とビジネスに関する知識を基に組織を率いる力
  • HEARTは、信頼関係の構築力、人材育成力、共感力を基に組織を率いる力
  • GUTSは、高潔さと粘り強さ、厳しい場面での決断力を基に組織を率いる力

というのがそれぞれの意味だ。

理論的なバックボーンは、Shelley Kirkpatrick、Ed Lockeによる1991年発行の論文”Leadership: do traits matter?”での分析、Robert Hogan, Gordon J. Curphy, とJoyce Hoganによる1994年発行の論文” What we know about leadership: Effectiveness and personality”にある。

前者の論文においては、リーダーシップにおいて、それまで語られていたカリスマ性、創造力、柔軟性といった要素は重要ではなく、組織を動かすエネルギー、自発的な行動力、正直さと誠実さ、自信、論理的思考力及びビジネスナレッジが重要であることが指摘され、後者の論文においては、優れたリーダーと普通のリーダーとの間の際立った違いは、感情的な成熟度、信頼関係の構築力、様々な人材と働ける能力にあると指摘されている。

この考え方を基に、マーサーデルタ(当時)のチームが更なる研究を行い、この3つの要素を高いレベルでバランスよく兼ね備えた人材が、グローバル化し、複雑化していくビジネス環境において求められているという考え方へと2006年に纏め上げている。

さて、この視点でドラマをみると、ドラマの加野屋さん、とても優れた経営チームを形成していることが分かる。

18歳で「八代目 加野屋久左衛門」を襲名した白岡榮三郎は、大番頭の雁助と共にHEADの役割を担い、主人公白岡あさの夫である白岡新次郎は、もって生まれた優しさと思いやりの心を基に従業員の心をケアし、財界での好感度を維持し高めるHEARTの役割を担い、主人公である白岡あさは、加野屋に新しいビジネスを次々と持ち込むGUTSの役割を担う存在として描かれている。物語は、その3人の協働によって、加野屋が成功を収めていく姿を描いている。

所有と経営の分離と言う点では、先代として登場していた白岡正吉の遺言である「3人が手を携えていくように」という、それぞれの経営陣が持つ特性を見抜いた上でチームとして活動することを求めた言葉に端を発し、その妻である白岡よのが、実質的な加野屋の所有者、株主としての立場を貫き、取締役チームの質は見るが、経営には口を出さない姿として盛り込まれている。それは、炭鉱事業に乗り出すときの意思決定確認において、3人と大番頭が合意しているか否かのみを確認する場面で具体化している。経営の人選とそのチーム(≒取締役会)が有効に機能しているか否かを判断軸として示しており、所有と経営の分離による、あるべき経営の姿が実現されている。

見事なものである。

現在、このドラマは、加野屋が新たに銀行業に事業転換を行っていく様子を描いている。この発展を支えているのは、3人の経営陣がお互いの長所を尊重しあい、新次郎が経営の勉強を通じてHEADを身につけようとし、主人公あさが、自己研鑽によってHEADを鍛えると共に、新次郎に学び、人の心を大切にするHEARTを伸ばし、榮三郎が、二人から学びながらHEARTとGUTSを伸ばし、経営チームの力全体が拡大していくことに支えられているように描かれている。また、ここにおいても、それを加野屋の所有者である白岡よのが、経営チームの能力の伸長を見て、承認を与えている場面もある。

こうしてみると、このドラマ、今の経営の考え方に照らしても「この組織は、確かに成功するよね」と玄人が見ても納得できる枠組みを持たせながら進んでいるのである。

人と組織が良い形で成長する姿を見ることは美しいものである。その姿がうまく、かつ適切に描かれていることが、このドラマの高視聴率を支えているのではないだろうか。脚本家が、このことを意識しているかどうか定かではないが、是非、今後ともそうした美しい姿を描いていただきたいと思っている。

まぁ、ドラマを見ながらこの話を家でした時に、妻から「もう少し、素直に楽しみなさいよ」と言わんばかりの一瞥を受けたことは、横に置いておきます。

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