コンサルタントコラム 685
デューデリジェンス期間における人事関連タスクの重要性
木村 真子

執筆者: 木村 真子(きむら しんこ)

グローバルM&Aコンサルティング シニア コンサルタント

日本企業によるM&Aの増加に伴い、デューデリジェンス(DD)の実施もすっかり一般的になった。DDを実施せずにM&Aに望む日本企業はまずない、といってよいだろう。一方で、組織・人事DDの重要性がまだ十分に認識されていないケースも、一部で見受けられる。本稿では、組織・人事DDの重要性の再確認と、DDからサイニングまでの期間に実施する経営者リテンションのポイント整理を行いたい。

DDは、M&A実施の意思決定に際し、対象会社の実態を法務、財務、税務、ビジネス、組織・人事、IT等の複数の観点から把握し、問題点の有無や改善点を把握する調査であり、一般的には次の情報収集を目的として実施される。

  • M&A実施可否の意思決定に関するリスク(Transaction Risk)の特定
  • 買収価格の交渉・決定に関するリスク(Pricing Impact)の特定
  • M&A実行後の対象会社の統合に関するリスク(Integration Risk)の特定

さて、筆者自身がこれまで人事面から企業のM&A支援をしてきた経験の中で、法務、財務、税務等のDDに比して組織・人事DDを重要視しないケースが見受けられることを非常に残念に思っている。例えば、日本企業同士のM&Aでは組織・人事DDを省略してしまう企業もある。クロスボーダーM&Aでは、異なった文化や社会構造から日本とは異なった人事制度運用や組織構築がなされていることを懸念し、組織・人事DDが省略されることはまずないが、それでも重要度は必ずしも高いとはいえない。例えば、Pricing Impactに注目し、買収価格に大きな影響を与える財務DDの結果を重視する一方で、組織・人事DDの結果は、年金・退職金関連の課題さえ確認できれば、その他の事項に問題点が見つかっても、サイニング前のタイミングではあまり注目されないケースもある。

ここで再認識して頂きたいのは、組織・人事DDから抽出されるTransaction RiskがM&Aの成功に大きく影響を与えることだ。例えば、買収先の開発力を得ることをM&Aの目的とする場合、果たして狙い通りの人的資産を手に入れ、買収後も維持していくことが可能なのかどうか、サイニングの前に検討することが非常に重要である。買収後、重要なチームや個人が流出し、結局はM&Aの目的が果たせないという残念な事態は、サイニング前に組織・人事DDに真剣に取り組まない限りいつでも起こり得る。何を当たり前のことを、と思われた読者もいるだろう、しかし、実際にM&Aが始まってしまうと、M&Aの成功がいつの間にか合併契約を締結することに置き換わってしまうことも多い。企業の競争力の源泉は人材であることを再確認し、M&Aの目的を達成するために、必要なDDと抽出されたリスクへの対応をしっかりと実施していただきたい。

次に、経営者の雇用契約を行うための報酬や雇用条件のレビューと経営者リテンション策について述べる。経営人材が潤沢とは言えない日本企業は多く、M&A後速やかに新社へ息のかかった経営者を送り込むことは難しい。従って、買収先の経営者によほどの問題が見つからない限り、当面継続して経営してもらうのが一般的であり、そのための雇用条件や報酬パッケージを示す必要がある。また、海外企業の経営者へは、株式やストックオプションが業績インセンティブとして支給されており、それがM&A成立(経営権の移行)に伴い、一気に現金で払い出されてしまう場合も珍しくない。したがって、高額な一時金を受け取る経営者は、早期のリタイヤメントや、退職して新たなチャレンジをはじめることも選択できるため、少なくとも次の経営者の目処がつくまでは、彼/彼女らを引き止めるリテンション策の設計と交渉が重要になる。

先に説明したDD実施に加え、経営者向け報酬パッケージやリテンション策策定、個別の条件交渉と、DDからサイニングに向けては限られた時間の中で人事領域では重要なタスクが複数、並行して発生することになる。対象となるマーケットの慣行に精通したアドバイザーとタッグを組み、効果的に検討を進めることをお勧めしたい。