コンサルタントコラム 653
目標管理(MbO)は唯一の選択肢なのか?

私が人事の分野でコンサルティング業務に携わらせて頂き、有難いことに、もう十年近く経つのだが、人事のご担当者の方とお話しする中で、この十年近い期間変わらず頂戴するお悩みがいくつかある。その代表例とも言えるのが、"目標管理(MbO)"が上手く機能しない、というものだ。「期初の目標が、事業変化によって、期中には目標として妥当でなくなってしまう」等のツールの機能不全に関する課題から、「設定した目標に明示されない業務の優先度が下がり、新しいことや自分の限界への挑戦、他の人の業務を助けるチーム力といった"昔ながらの良さ"が損なわれてしまう」等の組織力そのものに悪影響を与えかねない深刻な課題もある。上記のように、取扱いに難しい側面があるにも関わらず、2014年現在、"目標管理(MbO)"は評価体系の一つとして9割近い企業で採用されている1。果たして、現代のビジネス競争におけるマネジメント手法として、"目標管理(MbO)"は唯一の選択肢なのだろうか。

1 「労政時報3873号 (労務行政, 2014年9月12日)」

"目標管理(MbO)"以外のマネジメント手法として有名なものに、トヨタ自動車のTQM(Total Quality Management)等で活用されている「PDCA (Plan-Do-Check-Action)に基づく"方針管理"2」と呼ばれる手法がある。"目標管理(MbO)"が「全社目標に従った"必達の目標"を設定して、それに対する到達度により(=事前の計画とその成果にフォーカスして)管理するマネジメント手法」なのに対して、"方針管理"は簡単に言うと「"経営方針"に従った"組織の(年間)方針"を明文化し、それに基づいてPDCAサイクルが正しく効果的に回っているかを(=プロセスの方向性と効果性にフォーカスして)管理するマネジメント手法3」である。

2 「トヨタ自動車ホームページのTQMに関する項より」
3 "方針管理"には「"目標管理(MbO)"の上位概念」とする説もあるが、ここでは「PDCAサイクルに基づく管理」を指すこととしている。 また本項目における"目標管理(MbO)"と"PDCAサイクル"の違いについては、 「総合品質管理 TQM: FMEA、QCサークル、方針管理(客観説TQM研究所」等を参考に整理している。

この"方針管理"の特長としては、「既存の製品・プロセス・サービスにおける品質改善・改革が命題の業務」や「管理者がメンバーの状況を把握しやすい小規模な組織」において、特に組織の強みを活かしやすいとされている。また、限られた資産の中で、人材やチームが成長することによって方針を実現することを目指したマネジメント手法でもあるため、トヨタ自動車のバリューである"モノづくりは人づくり"を体現しているとも言える。しかし一方で、「達成すべき目標が明確に定義される(明確に定義する必要のある)業務」や「大きなリスクテイクを要する業務」には適さないとも言われている。

"目標管理(MbO)"と"方針管理"は異なるコンセプトの手法であるため、その管理者に期待される役割・行動も大きく異なる。"目標管理(MbO)"の場合は、ご承知のとおり、必達の目標(≠実現できたら望ましい理想)に対して、必要な人材や資産およびプロセスまで可能な限り明確にし、それらの調達からリスク確度の検証等まで求められる。一方で、"方針管理"の場合、「理想としての"(年間)方針"」を明文化した後は、管理者は多くの時間をチームメンバーに注力することになる。チームメンバーが適切な改善・改革に向けた計画を立て、その実現に向けてモチベーション高く取り組めているか、また個人としてもチームとしても成長できているかをフォローし続けることが求められる。

私自身、昔、あるフリーマーケットを運営するというボランティアで、20名弱の小規模なチームの管理者を担ったことがあったが、その時に行っていたのは"方針管理"の手法だった(当時はこのように理論立てて考えていた訳ではなかったが)。当時の自分を振り返ってみても、安定的かつより高い質で運営するという"既存プロセス・サービスの価値向上"というテーマに対して、ボランティア組織で取り組むという環境下だったため、「(必達の)目標を設定して、それに向けて(時には)リソースを増大させてでも実現する」というアプローチはフィットしなかった。むしろ"ありたい姿"という理想(=方針)をチームで検討・共有して、その中でチームメンバーが各々に工夫しながら新しいシステムを生み出してもらったり、標準化を進めたりしてくれることを期待し、その工夫の方向性が方針に沿ったものかどうか、またモチベーションを阻害するものがないかどうかにかなり専心していたと記憶している。

"目標管理(MbO)"と"方針管理"のどちらを選択するかを判断する際の観点としては、期待されるイノベーションの規模とスピード感があるのではないか、と考える。新規の製品・プロセス・サービスを創出するため、取り組むべきアプローチをリスクマネジメントも踏まえて慎重に検討し、必要な資金や人材などの資産を十分に用意して取り組むという、スピード感は決して早くはないものの規模の大きいイノベーションの実現が期待される場合には「事前の計画とその成果にフォーカスする"目標管理(MbO)"」が望ましい。しかし一方で、ある程度、概念の定まった製品・プロセス・サービスの価値を高めるために、多様なアプローチで試行錯誤するような、一つひとつの規模は決して大きくないが早いスピードでの多くのイノベーション創出が期待される場合には「プロセスの方向性と効果性にフォーカスする"方針管理"」が望ましいと考えられる。

上記を踏まえて、冒頭の問題提起「現代のビジネス競争におけるマネジメント手法としての"目標管理(MbO)"」について検討してみたい。"方針管理"の手法は、人材やチームの成長というメリットはあるものの、イノベーションとしては、ある程度、概念の定まった製品・プロセス・サービスを対象とすることになる。しかしながら、現代のビジネス競争においては、(使い古された言葉だが)加速する情報・流通インフラの中で、全く新しい概念の創出というイノベーションが期待されていることは自明である。そのように考えると、各企業におけるマネジメント手法の基本には、やはり"目標管理(MbO)"が適していると考えられる。しかし、"目標管理(MbO)"が全ての業務領域や階層に適用されるべきとは言えない。ある程度、概念の定まった製品・プロセス・サービスの価値を高めるために、"方針管理"によるPDCAサイクルは必須であるため、両者を組み合わせることが必要なのではないだろうか。

"目標管理(MbO)"は、「本人の自主性に任せることで、主体性が発揮されて結果として大きな成果が得られる」という人間観/組織観に基づいて、ピータードラッカーが1950年代に提唱し4、現在、様々にカスタマイズされながら多くの日本企業に導入され、その運用も浸透してきた。しかし、もし業務の中で、目標設定に関する課題が非常に大きいならば、"目標管理(MbO)"を所与として運用面で何とかやりくりしようとするだけでなく、あるべき業務を考慮して新たなマネジメント手法を検討してみては如何だろうか。業務に基づいて人事の仕組みを前提から考えることが、更に組織の成果を加速させる種につながることと確信している。

4 Wikipedia「目標による管理」