Cost of "doing nothing"

シンガポールのホーカー(屋台)巡りは、楽しい。ちょっとしたショッピング街はもちろん、空港やオフィス街周辺にも、たくさんの屋台料理店が1箇所に集まったホーカーセンターがある。

1品当たり日本円で300~500円程度と、その値段の手ごろさもさることながら、びっくりするのは食べ物の豊富さ。中華、マレー、インド、インドネシアの料理から、和食(いわゆる「なんちゃって」を含め)に至るまで、さまざまな専門屋台がひしめく様子はなんとも壮観だ。見慣れぬ食べ物への好奇心から、ついついあれもこれもと食べ過ぎてしまい、3週間の滞在で2kg以上太ってしまった。

さて、本題だが、シンガポールオフィスにある従業員福利厚生担当チームに身を置き、アジア各国の福利厚生トレンドを間近に観察する出張機会に恵まれた。

この地にアジア地域本部機能を配置する企業が多いため、必然的に情報が集まるシンガポールはまさに"ホーカー"の様相。各国の制度・保険がダイナミックに動いていることを実感した。

特に驚いたのは、福利厚生保険コストの上昇。

ほとんどの国で、医療費上昇率が物価インフレ率を上回る傾向があるが、福利厚生保険コストは、医療費をさらに上回るペース(アジア全体で10%超)の増加がここ数年続いている。
医療(健康)保険の保険料負担は主に企業(雇用主)。これを、従業員(+家族)が活発に利用している(=保険会社にとっては支払率が高まる)ことが背景にある。"活発な利用"は、福利厚生制度が機能している証であるが、多国籍企業にとっては、中長期のコスト上昇は、大きな課題となろう。

筆者はたまたま、「健康保険危機」が叫ばれた90年代初頭の米国に居合わせたが、現在のアジアの姿は、その時の記憶と重なる。当時米国では"マネージド・ケア"と呼ばれる、様々な効率管理型医療の仕組みが考えだされた。PPO/HMO(注)等、指定の医療機関にかかった場合に加入者への還付率が高くなる仕組み、保険に加入する従業員が入院前に保険会社指定の電話番号で事前査定を受ける仕組みなど、当時の私は日本とのあまりの違いに唖然としたものだが、まさに現在のアジアでも、同様の試みが、それぞれの国で進んできている。

(注)PPO/HMO:正式名称Preferred Provider Organization / Health Maintenance Organization

マクロベースでみれば、日本の医療費総額も、ものすごいペースで膨らんでいるのだが、診療報酬制度により、一消費者の目線では、ヘルスケアコストの上昇を実感する機会はあまりないかもしれない。

海外現地法人を抱える日本企業にとって、海外現地法人の福利厚生制度は、これまでは現地任せにしてきた領域であった。しかし、現状の見通しでは、放っておけば、福利厚生保険のコストは右肩上がりで増えていく。

海外に1万人を擁する日本企業であれば、その従業員福利厚生費用はすでに数10億円に達している。今後、「何もしない企業」と「対策を講じた企業」とでは、数億円単位のコスト差が生じると予想される。

この「何もしないことのコスト"Cost of Doing nothing"」にどう向き合うか?企業の人事担当者にとっても、ソリューション提供するブローカー/コンサルタントにとっても、腕の見せ所となる時代がやってきたようだ。


 

執筆者: 石田 実 (いしだ みのる)
保健・福利厚生コンサルティング/ Mercer Marsh Benefits アソシエイトコンサルタント

登録フォーム

隔週でマーサーのコンサルタントが執筆する記事をメールにて配信いたします。コンサルタントコラム一覧

*必須項目