ジョブディスクリプション(職務記述書)には具体的な使命や業務が明記される

 

ジョブ型雇用に取り組む企業から、「JDの整備が必要ですか?」という質間をよく役げかけられる。JDとは「職務記述書」(Job Description)の略称だ。時には「仕事の不明確さが個人のパフォーマンスや能力向上に悪影響を与えているので、JDを作成することで改善したい」という意気込みも聞く。JDに関するこのような捉え方はおおむね正しいのだが、やや正確性に欠ける面もある。

 

確かにJDはジョブ型雇用の重要なパーツであり、従事するジョブに関する個人と会社の合意といえる。例えば、ジョブ型雇用を採用しているある米国系のグローバル消費財メーカーではJDとして使命・責任範囲、期待成果、主な業務、必要な能力(コンピテンシー・専門知識・専門スキル)、必要な業務経験、学歴・資格をジョブごとに定義している。

 

同社において、JDは会社と個人の合意かつ採用や配置の要件であり、ジョブグレードや報酬水準の決定に使用される。また職種ごとに代表的なJDが社員に公開されており、個人に対するキャリアガイド、社内公募の選抜基準、パフォーマンス評価の参考、教育体系策定のベースとして活用されている。

 

JDを中心に各種人事施策が体系的に提供されているといえるだろう。個人にとって「キャリア自律やリスキル・スキルアップ」、会社にとっては「必要な人材の確保」の基盤となっている。

職務ごとに定義

 

過去、多くの日本企業はJDを作成してこなかった。JDの有無はジョブ型雇用を採用している欧米企業との分かりやすい違いであり、JDを導入すればジョブ型雇用になる、と考える向きもある。

 

しかし、JDがあるからジョブ型雇用であるとは言い切れない。逆にJDが詳細に整備されていなくても、ジョブ型雇用とそのメリットが実現できているケースはある。JDの有無より、ジョブ型雇用のメリットを実現しているか否かがポイントなのだ。

 

実際、日本国内におけるほとんどの外資系企業でジョブ型雇用が活用されているが、個別の職務ごとに詳細なJDを整備している企業は約半数にすぎない。有力な外資系企業でも、実は体系的で詳細なJDを作成していないことがある。

 

高品質なJDを作成するのは労力を要する。例えば、JDに使命や主な業務を記載する際、何を重視するかは、あらかじめ丁寧なガイドラインやサンプルが必要だ。具体的に書き過ぎると目標管理との差が無くなる。

 

人材の配置や教育、キャリアガイドに使うためには、コンピテンシー(行動特性)やスキル、業務経験の種類、またその水準を体系的に分類しておくことが望ましい。何より毎年の組織変更に応じて大規模なメンテナンスが必要になる。その結果、体系的で詳細なJDの整備や維持がされていなかったり、簡易なJDのみを使っているケースが多い。

 

しかし、そのような企業でもジョブ型雇用が効果的に機能しているケースはある。JDがなくても、会社と個人の関係にジョブ型雇用のメカニズムを働かせ、そのメリットは実現できる。

 

ジョブ型雇用では、個人が担うジョブを双方で合意することがスタートラインになる。従って、職種別採用で新たなジョブに就く際も本人の同意が原則だ。会社としては社内公募を中心にした異動政策になる。

 

このような環境であれば、個人からすると「より難しいジョブ」「キャリアの幅を広げるジョブ」「報酬の高いジョブ」に、自らの意思をもって挑戦できる。会社主導で異動を決定しないため、自らキャリアの方向性を定めて専門能力を磨くこともできる。

 

 

職務記述書(Job Description)の整備状況(役割・職務グレードを導入している企業)

 

会社と個人が同意

 


個人はより市場価値の高い人材を目指し、社内外で高い報酬を獲得する機会も得られる。一方、個人のパフォーマンスが悪く、会社との合意を果たせない場合は、業績改善プログラム(PIP)や場合によっては退職勧奨が発生する。厳しく感じるかもしれないが、このリスクは個人が自ら再教育やスキルアップを積極的に行い、社内外を含めたキャリアを考える動機にもなる。

 

結局のところ、ジョブ型雇用は、遂行すべきジョブを会社と個人が同意し、労働力を適切に取引することで市場メカニズムを働かせる。個人に対してはスキルアップ・リスキルを促進するとともに、実力がある人により高額の報酬を獲得できる機会を提供する仕組みなのだ。

 

あるグローバル企業では、個別のJDを作成する代わり、遂行するジョブの業務領域を職種とキャリアレベル(マネジャークラス、シニアマネジャークラス等の役割の水準)のグリッド(マス目)で表現している。このやり方でも、会社と個人は業務内容を大まかには想起することができ、遂行するジョブの合意ができる。

 

異動は本人同意が前提なので、本人は将来どのグリッドに進みたいか検討し、再教育やスキルアップに努力できる。JD無しでもジョブ型雇用のメカニズムは機能する。

 

体系的で詳細なJDの整備は、有機的・複合的な人事施策の実現に有意義である一方で、整備・維持には多くのコストがかかる。しかし、JDの整備や維持の負担を理由に、ジョブ型雇用の導入を諦める必要はない。個人が担うジョブを会社と個人の双方が合意し、個人のキャリアの自律を認めることが最も重要なポイントだ。実現できれば、再教育やスキルアップ、人材の流動化等のメリットを享受できる。



※日経産業新聞 2020年8月13日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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