ジョブ型雇用の機能には様々な仕組みを連動させる必要がある

 

企業が社員の職務内容に基づき、報酬などを決定する「ジョブ型雇用」の導入が広がっている。採用・雇用・報酬など個別の仕組みだけでなく、複数の仕組みが組み合わさった全体像の意味や特徴は何か。組織人事コンサルティング大手、マーサージャパン(東京・港)の白井正人取締役が解説する。

ジョブ型雇用は、いわゆる日本型雇用である「メンバーシップ型雇用」に対する概念で、欧米企業を中心に世界中で採用されている。

 

メンバーシップ型雇用は「メンバーになれば雇用が保障される。そのかわり会社裁量でどのような仕事にも就く」のが基本的な考え方。雇用を保障し、人材の出入りを前提としないため、新卒採用と終身雇用が基本になる。会社主導で配置を決めるため、個人が主体的にキャリアを形成する要素も小さくなる。

 

組織は約40年にわたる先輩・同期・後輩の集合体として相互に長期的関係が構築され、処遇においては内部公平性が重視される。会社と個人は疑似的な保護者・被保護者の関係といえる。

 

対してジョブ型雇用は「担うべきジョブを会社と個人が合意し、個人はそれを遂行、会社はそれに見合った報酬を提供する」市場取引であり、効果的に実視するためのエコシステムだ。

 

会社は経営や事業の必要性に応じて必要なジョブを規定し、そこに適切な人材を起用する。個人は希望するジョブに就き、スキルアップやリスキル(再教育)を経てキャリアを自律的に形成する。会社と個人は、原則として対等な関係として向き合うことになる。

 

人材は社内外から

 

ジョブ型雇用を効果的に実現するには、構成する個別の仕組みが有機的に結びつき相互にフィットした状態が必要だ。例えば、あるジョブに最適な人材を確保する場合、社外からの調達も重要な手段だ。外部調達では、報酬水準がジョブごとに外部市場の価格と連動しなければならない。従って報酬決定の仕組みは全社一律ではなく、職種別とする必要がある。

 

当然、採用も職種別となる。会社と個人は対等な関係にあり、会社は採用時に職種等の条件を個人に対して提示するから、ジョブ変更の場合は本人同意が必要だ。

 

ジョブ変更は、社内公募のような個人を起点とする異動が中心で、会社主導のローテーション(定期異動等)は原則行わない。そのため、人員の過不足調整やパフォーマンスが芳しくない個人の他業務への転用が難しくなる。会社の期待と個人の貢献にギャップが生じた場合には、パフォーマンス改善への働きかけや、場合によっては転職支援や退職勧奨を行う必要性も出てくる。

 

ジョブ型雇用を機能させるには、こうした様々な仕組みを総合的に導入し、連動させて運用する。ジョブ型雇用の特徴とされるジョブディスクリプション(職務記述書)やジョブグレード(役割・職務基準の等級)の導入は、様々な仕組みの前提として必要だが、それだけでは不十分だ。

 

今なぜ、日本企業にジョブ型雇用の必要性が叫ばれているのだろう?

 

経営的な視点でみれば、メンバーシップ型雇用に比べ、ジョブ型雇用は大きく素早い環境変化への対応力に優れている。日本経済は1990年代前半におおむね世界の頂点に立った。戦後から90年代前半まで、成長を続ける自国市場を中心に、いかに「性能・品質が高く、安い商品を提供するか」を競い、日本企業はその競争に強かった。

 

しかし2000年代に入って自国市場が成熟し、競争において「デジタル技術を活用した新しい価値創造」や「スピード感のあるグローバル展開」という新しい条件が求められるようになった。日本企業は、現在に至るまで地位を下げ続ける結果になっている。

 

「良い品を安く」という競争ルールで、メンバーシップ型雇用は効果的だ。長期的なリレーションを前提に「習熟、擦り合わせ、改善活動」を実施し、それらがもたらす「高品質・高生産性」は武器だった。海外進出の足掛かりにもなった。

 

メンバーシップ型雇用は、競争ルールが安定的で、同じ方向に歩み続ける場合は会社に優位性をもたらす。しかしルールが変わり、事業の変化の振れ輻とスピードが非常に大きくなると弱点も出てくる。

 

 

従来のメンバーシップ型とジョブ型雇用の違い

1社に頼らない働き方

 

こういった局面では、ジョブ型雇用の方が大きな優位性をもたらす。メンバーシップ型は内部公平性を配慮せざるを得ず、外部人材を採用しにくくする。会社が個人のをキャリアに責任を持ち、雇用保障するため、その環境に親しんだ社員はリスキルやスキルアップをしようとしなくなる。結果、環境変化に組織が適応できなくなってしまう。

 

ジョブ型は、必要な人材を外部から採用する仕組みが整っており、既存の社員も自ら将来を考えてリスキル・スキルアップをしなければ生き残れず、自発的に変化していく。環境の変化に、組織が適応しやすいのだ。

 

個人の視点で考えても、ジョブ型への移行はメリットがある。就業期間が50年に近づく今、1社の雇用保障に頼ったキャリア形成はリスクが高い。メンバーシップ型に比べて、ジョブ型の雇用リスクは高い傾向にあるが、長期的に1社に依存しないため、会社や事業が潰れるような非常に大きなリスクを避ける意味で有効に働く。

 

会社の平均寿命は約30年といわれる。就業期間を考えると1社に頼らないキャリア形成が重要ではないか。同じ業務でも、ジョブ型で働く人の報酬水準はメンバーシップ型の人より高くなる傾向がある。報酬が市場メカニズムの影響を強く受けて決まるためだ。個人にとって短期的な雇用リスクが高まっても、自律的なキャリア形成、より高い報酬獲得の機会というメリットを受けることができる。

 

戦後70年以上の間、メンバーシップ型雇用を続けてきた日本企業にとって、ジョブ型雇用への移行は技術的にも心理的にもハードルが高い。

 

しかし、ビジネスや社会環境の変化を考えると、多くの企業・個人にとって必要性は高まっている。この流れを無視し続けることは果たして正しい選択と言えるのか、改めて考えるべき時を迎えている。

 

※日経産業新聞 2020年8月6日 掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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