年金ニュースレター第26号
リスク分担型DB (第三の企業年金)– その3 – リスク分担型DBにおける留意点(制度運営)

執筆者: 甲斐 佑太(かい ゆうた)

年金コンサルティング アソシエイト コンサルタント

前回と前々回のニュースレターでリスク分担型DBの概要及びリスク対応掛金の解説を行った。本稿はそれらを受け、リスク分担型DBの制度運営面の留意点を述べる。なお、政省令等の詳細が執筆時点で明らかでないため、公表情報(昨年9月の第16回社会保障審議会企業年金部会資料の公開以前)のみから考察したものである。

リスク分担型DBの制度運営において考慮すべきことのうち、特に重要と思われる以下の2点について、それぞれの留意点を考察する。

  • 対象とするリスク
  • リスクの分担方法

対象とするリスク

リスク分担型DBでは、財政悪化時に想定される積立不足(本稿ではリスク量という)を推定し、その全部または一部を事前に積み立てる(この掛金を「リスク対応掛金」という)。

1.積立水準を左右するリスクの種類

DB制度の積立水準を左右するリスクは、大きく分けて資産が変動するリスクと負債が変動するリスクの2つがある。

現在検討されているリスク量の推定方法のうち「資産価格の変動のみを見込む方法」「VaRによる方法」は資産変動リスクのみに着目しており、負債変動リスクに対応していない。もう1つの「ストレスシナリオによる方法」では負債変動リスクを織り込んだリスク対応掛金を設定することが理論上可能ではあるものの、具体的な実務は現時点で明らかでない。

* リスク量の各推定方法の詳細についてはリスク分担型DB (第三の企業年金)– その2参照

 

負債変動リスクによって財政上の過不足が生じた場合、通常のDB制度であれば必要に応じ、掛金の追加や別途積立金として留保することで約束した給付を支払えるよう財政運営を行うが、リスク分担型DBでは想定リスク量を超えると給付額の増減に直結してしまう。

この対応策として、負債変動リスクの小さい給付設計への変更がある。負債側の差損益の内訳として大きくは脱退差と昇給差があり、例えば、脱退差を減らすためには自己都合乗率の見直し、昇給差を減らすためには最終給与比例制度から累積型制度への変更等が考えられる。

給付設計を現行から給付の調整率を除いて変更せずに会計上DC制度扱いできる**ことがリスク分担型DBのメリットの1つといえるが、給付設計を見直すことで負債変動リスクを減少させることができ、給付額の安定化および想定リスクの範囲内での持続的な財政運営が期待できる。見直しを行わない場合は、負債の変動がリスク対応掛金でカバーされていないことを労使で認識しておく必要があるだろう。

** 企業会計基準委員会で現在検討中である。

 

2.リスクの総量について

リスク量について、必ずしも大きく見積もればよいというわけではない。リスク量の大きさはリスク対応掛金の額に反映される。リスクを大きく見積もりすぎると、事業主側が加入者等に移転したリスクに見合わない大きなコストを負担してしまうということにもなりかねない。反対にリスクを小さく見積もりすぎると、積立水準の変動が想定リスク量を超過して給付額が大きく変動してしまう可能性がある。リスク量の推定はその意味で非常に重要であり、専門家を交えた労使のコミュニケーションが今後より一層重要になるものと思われる。

リスクの分担方法

推定したリスク全体について、労使双方でどの程度負担しあうかを検討する必要がある。制度導入時と導入後の継続的な運営に分けてそれぞれ論じる。

1.導入時の留意点

リスク分担型DBの導入において通常のDB制度からの移行を考えると、これは事業主から加入者等へのリスクの部分的な移転と捉えることができる。移転されたリスクに見合う一定の給付増額が期待できなければ、加入者等の納得を得られない可能性がある。移行時のコミュニケーションにおいては、このようなリスクとリターン(=給付額)の関係や加入者等がどのようなリスクを負うことになるのかについて十分に説明することが必要であると考えられる。

また、移行前の制度における受給者や受給待期者(以下受給者等という)の取り扱いも検討する必要がある。受給者等を含めて移行する場合、受給者等もリスクを負担することとなり、現時点の制度の枠組みでは受給者等の給付についても積立水準に応じて調整されることとなる。受給者等の給付は現行制度の元で受給権が確定していると考えられるため、受給者等へのリスク移転は受給権の毀損につながる可能性があり、現実的ではないように思われる。第16回社会保障審議会企業年金部会の資料でも1つの企業で2つのDBを管理するスキームが示唆されており、受給者等の移行時の取り扱いについては今後整理されていくことと思われるが、受給権の保全に向けた対応を十分に検討する必要がある。

2.導入後の留意点

リスク分担型DBを導入した後は、制度を運営していくための仕組みを作る必要がある。リスク分担の程度については労使双方で納得感のあるものとする必要があり、また持続的に制度を運営していくためには経済状況の変化等に柔軟に対応できるものでなければならない。

そのために最も重要なのは労使のコミュニケーションである。加入者の運営および意思決定への参画や、情報提供等の適切なガバナンス体制の構築が求められる。例えば、労使協議の場として何らかの会議体を設定し、定期的に積立状況や資産運用の概況等について議論できるような仕組みを整備することで、加入者の意思が制度運営に反映されるようにすることが必要となるだろう。

リスク分担型DBにおける意思決定のあり方については、第16回社会保障審議会企業年金部会にて厚生労働省より以下のような提言がなされているところである。

  • 加入者の代表が参画する委員会を設置することとし、委員会は、業務の執行を行う理事会または事業主に対して提言等を行う
  • 運用基本方針や政策アセットミックスの策定を必須とし、委員会に参画する加入者代表は運用実績に詳細等について確認することができるようにする

本稿ではリスク分担型DBにおける制度運営面の留意点について考察を行った。制度の詳細は今後次第に明らかになっていくが、「リスクを分担する」というコンセプトやイメージを実際のオペレーションやマネジメントに落とし込んでいくのはそう易しいことではないものと思われる。制度のメリットを享受できるよう、また後のトラブルを未然に防ぐためにも、実際の導入にあたっては十分な検討が必要となるだろう。

なお、今回触れなかった資産運用の側面からの考察については、次回以降のニュースレターにて行う予定である。