年金ニュースレター第5号
退職給付に関する会計基準の改正動向について(日本基準)

平成22年3月18日に企業会計基準委員会から『企業会計基準公開草案第39号「退職給付に関する会計基準(案)」』および『企業会計基準適用指針公開草案第35号「退職給付に関する会計基準の適用指針(案)」』(以下、まとめて「公開草案」と表記します。)が公表されました。

この公開草案は、退職給付会計に関する日本の現行基準(以下、「改正前基準」と表記します。)を国際的な会計基準の動向を踏まえて改正するものです(以下、公開草案で示される改正後の基準を「新基準」と表記します)。

公開草案は企業会計基準委員会のホームページで入手することができます。こちらから参照できる資料に公開草案の概要があります。本稿はこの資料に沿って解説を行います。

また、この公開草案は、平成21年12月25日に公表された、企業会計基準公開草案35号「包括利益の表示に関する会計基準(案)」の取扱を前提としています*

* 包括利益の表示について
貸借対照表・純資産の部の1年間の変動を見た場合、その変動の要因は次の3つに分類されます。
  1. 資本取引 株主からの出資、配当金の支払いなど企業とその出資者の間の取引
  2. 当期純利益 当期の企業の業績を表す利益
  3. それ以外 主に貸借対照表の時価評価等により生じる損益で、当期純利益を構成しないもの(当期の業績とは考えられないもの)
現行の基準では、2は損益計算書として開示が行われ、3は貸借対照表上での調整が行われています。しかしこのような開示では純資産の部の1年間の変動がわかりにくいという問題点があります。

そこで、「包括利益の表示に関する会計基準(案)」では、1を除く純資産の部の変動を新たな計算書の導入により開示することを要求しています。
3はその他の包括利益、2と3の合計は包括利益と呼ばれます。つまり、
  • 包括利益 = 当期純利益 + その他の包括利益
  • 当期末純資産 = 前期末純資産 + 包括利益 ( + 資本取引 )
となります。

数理計算上の差異等の発生額のうちその期に費用処理されなかった(当期純利益を構成しなかった)部分はその他の包括利益を通して一旦貸借対照表に認識されます。その後の期間にわたり費用処理されるに伴い、その他の包括利益と当期純利益での二重計上を避けるため、その他の包括利益から退職給付費用への組替調整が必要となります。

 

 

主な改正
  1. 未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用の処理方法

    (1) 貸借対照表上での取扱い
    (「本公開草案の概要 ■本公開草案による改正前会計基準等からの主な変更点 1. 未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法 (1)貸借対照表上での取扱い」をご参照ください。)
    新基準では、オフバランスとなっていた未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用が貸借対照表に認識され、退職給付債務と年金資産の差額全額が負債(年金資産の方が大きい場合には資産)として計上されます。

    (2) 損益計算書及び包括利益計算書(又は損益及び包括利益計算書)上での取扱い
    (「本公開草案の概要 ■本公開草案による改正前会計基準等からの主な変更点 1. 未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法 (2)損益計算書及び包括利益計算書(又は損益及び包括利益計算書)上での取扱い」をご参照ください。)

    未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法については変更ありません。
    ただし、数理計算上の差異および過去勤務費用の発生額のうちその期に費用処理されない部分は、貸借対照表(その他の包括利益累計額)に計上されます。これらはその後の期間にわたって費用処理され、当期純利益を構成することとなります。

    (数値例)数理計算上の差異の処理

  2. 退職給付債務および勤務費用の計算方法

    (1) 退職給付見込額の期間帰属方法の見直し
    (「本公開草案の概要 ■本公開草案による改正前会計基準等からの主な変更点 2. 退職給付債務及び勤務費用の計算方法 (1)退職給付見込額の期間帰属方法の見直し」をご参照ください。)

    改正前基準では、退職給付債務および勤務費用を算定する際の期間帰属方法として、期間定額基準が原則的な方法とされていました。新基準においては、期間定額基準と給付算定式に従う方法(ポイント制度・キャッシュバランス制度を採用している場合のポイント基準も含まれます。)の選択適用が認められます。ただし、選択できるのは新基準の適用日に限ります。これ以降に変更する場合には、会計方針の変更にあたり合理的な理由が必要となります。
    (※)給付算定式に従う方法を採用する場合で給付額が著しく後加重になっている場合には、給付の伸びが(実質的に)頭打ちとなるまでの期間にわたり、給付額が各期に定額で生じるとみなして補正した給付算定式を使用することとされています(上の図の点線のようなイメージです)。給付算定式に従う方法の採用を検討される際にはご留意ください。

    (※※)簡便法と給付算定式に従う方法の違いについて:簡便法は計算基準日時点で退職することを想定した場合の給付額(要支給額)を退職給付債務とみなし、毎年の要支給額の増加を費用として認識する方法です。一方、給付算定式に従う方法は、将来見込まれる給付額をそれまでの各勤続期間に配分する基準として給付算定式を用いる方法で、要支給額を債務とみなす簡便法とは異なります。

    (2) 割引率の見直し
    (「本公開草案の概要 ■本公開草案による改正前会計基準等からの主な変更点 2. 退職給付債務及び勤務費用の計算方法 (2)割引率の見直し」をご参照ください。)

    給付見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用することが原則的な方法とされました。ただし、実務上の観点から、各年度の退職給付の金額および給付までの期間を反映した単一の加重平均割引率を使用することも許容されます。(各年度の退職給付の金額および給付までの期間を反映した、給付支払までの平均的な期間をデュレーションといいます。下の図を参照ください。)改正前基準で認められている、従業員の平均残存勤務期間に近似した年数を基礎として割引率を設定する方法は新基準では認められません。平均残存勤務期間は従業員が平均してあと何年勤務するかを見込んだもので、デュレーションとは異なった概念です。

改正の影響
  1. 未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用の処理方法

    改正前基準ではオフバランスとされていた未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用が負債(または資産)に認識され、同額がその他の包括利益累計額で調整されることとなります。従って、ここ数年の運用環境の悪化により大きな数理計算上の差損を抱えているような企業の場合には、新基準の適用により純資産の部が圧迫され自己資本比率が低下します。

    一方、未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用の費用処理方法には変更がないため、新基準の適用による当期純利益への影響はありません。
  2. 複数事業主制度に対する会社の関与の度合いについて退職給付債務および勤務費用の計算方法

    (1) 退職給付見込額の期間帰属方法の見直し
    退職給付債務は、退職時に見込まれる給付額をその従業員の各勤続期間に配分し、債務の算定日までの勤続期間に配分された額を現在価値に割り引いて計算されます。また、勤務費用はその期に配分された額の現在価値となります。

    この期間帰属方法として期間定額基準を適用していれば、退職給付見込額は勤続期間に比例して各期に配分(各期に同額が配分)されます。一方、給付算定式に従う方法であれば(一例として)支給倍率の伸び方に比率して配分されることとなります。

    勤続期間が長くなるにつれて給付額の伸びが大きくなるいわゆる後加重の場合を考えると、勤続期間の短い従業員については、給付算定式に従う方法による退職給付債務・勤務費用のほうが期間定額基準によるものよりも小さくなります。従業員の平均勤続年数が比較的短い企業の場合、期間帰属方法により当面の退職給付債務・勤務費用に大きな差を生じる場合もありますので、選択に当たっては現時点の人員構成・平均勤続年数、さらには今後の人員推移の予測等も考慮した慎重な検討が必要と思われます。

    なお、新基準の適用初年度に期間帰属方法を変更したことによる退職給付債務の増減額は利益剰余金で調整され、当期純利益への影響はありません。

    (2) 割引率の見直し
    割引率の設定方法については、支払いまでの期間ごとに割引率を設定することが原則とされました。ただし、現時点のように各期間の金利が比較的なだらかなカーブを描いているような状況では、単一の加重平均割引率を使用して算定した退職給付債務と大きく相違することはないと考えられます。

    改正前基準に従い従業員の平均残存勤務期間に近似した年数をもとに割引率を設定している場合、新基準の適用によって割引率が変化し退職給付債務が増減することが考えられます。例えば退職一時金制度の場合、平均残存勤務期間に比べてデュレーションが短くなる傾向があります。このような場合にはより短い期間の金利を参照して割引率を設定することになるため、割引率の低下・退職給付債務の増加につながります。この増減額については新基準適用初年度に利益剰余金で調整され、当期純利益への影響はありません。
適用に向けたスケジュール・適用時期等

(「本公開草案の概要 ■適用時期等(本会計基準案第34項から第39項)」をご参照ください。)

新基準は平成23年4月1日以降開始する事業年度の年度末に係る財務諸表から適用されます。ただし、退職給付債務および勤務費用の算定方法に関する規定(期間帰属方法および割引率の設定方法)については平成24年4月1日以降開始する事業年度の期首から適用されます(いずれも早期適用が可能です)。

例として3月末決算の会社で、新基準の適用に伴い期間帰属の方法を期間定額基準から給付算定式に従う方法に変更する場合を考えます。この場合、平成24年3月31日の貸借対照表には期間定額基準により算定された退職給付債務に基づく負債が計上されます。また、同日の貸借対照表には従前の未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用がその他の包括利益累計額に認識されます。その翌期首平成24年4月1日において、給付算定式に従う方式による退職給付債務が算定され、期間定額基準による退職給付債務との差額は期首の利益剰余金で調整します。そして翌期平成24年4月1日から平成25年3月31日までの損益計算書には給付算定式に従う方法で算定された勤務費用が計上されることとなります。

(数値例)適用初年度の処理

(※)この例示の利益剰余金による調整は、退職給付債務及び勤務費用の計算方法の変更時のものですが、割引率の見直しの場合も同様の処理となります。