これまで、国内大手企業同士の対等統合や買収、次には海外企業の取得など、企業同士の統合・買収が多数行われ、グローバルプレイヤーと競争しうる日系企業の資本力の増強や経営資源の獲得が進んできた。
現在は、強化された資本力を背景に、他社の競争力のある事業を取得・自社事業を強化し、自社の劣った事業を売却する(以下、「事業カーブアウト」という)ことで、経営資源の選択と集中を進める第2フェーズに国内M&Aもシフトしてきたと感じているM&A関係者も多いのではないか。
興味深いのは事業カーブアウトの手法が、10年前と大きく変わってきている事である。会社分割法・労働契約承継法が2001年に施行されて以来、事業カーブアウトといえば本法律が社員の承継スキームとして活用されてきた。
労働契約承継法は、主たる事業の従事者については社員本人の同意なくして、通知のみで他社への移籍を実施できるスキームである。事業カーブアウトの場合、通常のアセットであれば契約で所有権を取得できるが、人材はそうはいかない。憲法上も定められた職業選択の自由の原則から、本人の同意なくして転籍は不可能。しかし人的資源こそ重要という事業も多い。また、労働契約承継法は手続きも簡便というメリットも無視できない。
ところが近年、外資系による買収以外では、10年くらいの間、使われる事のなかった営業譲渡・個別同意による転籍スキームが、日系企業でも多数活用されるようになってきた。
最も大きい原因は、事業カーブアウトによる人的資源の取得の目的および買収後の活用計画が具体化し、買収後すみやかに自社の社員と同じように評価・人事異動・特別ミッションの付与など、フルに人材を活用する必要性が高まった点にある。
営業譲渡における転籍は、雇用のオファーは買い手制度の前提としたものを提示し同意した者が転籍する。そしてクロージングまでの過程で年金・退職金以外については、買い手の人事諸制度・プラットフォームに片寄せしてしまう。
これは複数のプラス効果をもたらす。第1に、Day1から自社の社員と同様に事業カーブアウトされた他社社員を扱う事ができる。これは会社にとって都合が良いだけではなく、転籍した瞬間から買い手社員と同じ評価基準を適用され、公平な人事を行ってもらえるため、社員の安心感につながる。会社はすみやかに最適配置を実現し、深い知見やマネジメント力を持ったキーマンを重要なポジションに配置する事も可能になる。
第2に、本質的な組織・人材の融合は、転籍同意の方が早くスムーズである。「買い手主導のカーブアウト社員の取り込みの方が、対等統合のような日本人好みのアプローチよりも円滑」と言われると、未経験の方は意外に思うかもしれない。しかし、M&Aのような大きなイベントの際、人材は不安になる一方で、十分な情報提供と対話がなされれば、変化に対して非常に寛容になる傾向がある。つまり「鉄は熱いうちに打て」である。
第3に、1と2の結果、事業上のシナジーがすみやかに創出可能になる。リストラ・停滞の厳しい時代を経てきた日本人は、何よりも事業が成長し将来に希望が持てる事こそが、メリットが大きい事を良く知っている。それは本ディールを正当化する強力な根拠となり、疑いや不信の芽を払拭する浄化機能を発揮するのだ。
承継法の場合は、移籍以前の労働条件を一旦は全て維持しなければならないため、一国二制度の状態が数年続き、自由に人材を異動・配置・活用するのは困難さが伴う。その間に組織は冷え、本質的な融合とシナジー創出の機会を逸してしまうのではないだろうか。
しかし、一方で転籍同意スキームには、各社員が転籍に同意しなければならないという大きなハードルがある。特に大企業の本体からのカーブアウトでは、転籍オファーを拒否しても職を失うわけではない。転籍同意が得られなければどうするのか?
転籍同意がえられるかどうかはアプローチ次第、と私たちは考えている。かつてと違いリストラの厳しい時代を経てきた社員は、もはや無意識に企業に従う社員ではない。自分で考え意思決定していかなければ、後で後悔する事を、優秀な社員ほど自覚している。実際に、私たちのプロジェクトでは500-1000名の事業において転籍同意率98%以上を達成した。次回は、営業譲渡・転籍同意の成功要因についてお話ししたいと思う。
執筆者: グローバルM&Aコンサルティング
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