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プロフェッショナル対談 第4回

Square Enix x Mercer

オフィスは「クリエイティブなアイデアを生み出す広場」として、リモートワークを働き方のメインオプションとすることを検討しています。そのためには、アウトプットを明確にしたマネジメント、リモートワークを前提とした教育体制の整備、職種の特性に応じた仕事のデザインが重要です。株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス代表取締役社長の松田洋祐様にお話を伺いました。

Square Enix x Mercer

第4回 リモートワーク時代の新たなオフィス像

 

株式会社 スクウェア・エニックス・ホールディングス

 

代表取締役社長
松田 洋祐 様

 

1963年、富山県生まれ。87年東京大学教育学部卒業、三井生命入社。2001年スクウェア・エニックス(旧スクウェア)に入社後、03年執行役員経理財務部長、04年取締役経理財務担当、06年タイトー取締役、08年スクウェア・エニックス・ホールディングス取締役、13年6月から現職。


インタビュアー:白井 正人

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表 パートナー

 

 

感染拡大防止に向けて全面的にリモートワークを推進

 

新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために貴社ではどのような対応を行いましたか

 

世界各都市でのロックダウン、緊急事態宣言を受け、グループ各社では全社員を対象に原則在宅勤務への速やかな移行を実施しました。在宅勤務推進に際してはVPNなどネットインフラの整備・改善等を迅速に進めました。また、在宅勤務にかかわる費用面での補助も予定しています。

 

 

リモートワークを推進する際には、どのような課題がありましたか

 

特にゲーム開発に関わる職場はリモートワーク推進に多くの課題がありました。まず、ノートパソコンではなく、据え置きの専用マシンを使用するので簡単に持ち出すことができません。持ち出したとしても運転時の電力使用費や、発熱量が多いことから空調費用等の負担を社員に強いることになります。さらに、ゲーム開発は大容量のデータを扱うので通信インフラの整備が必要ですが、自宅にネット回線を引いていない社員もいました。

 

また、働き方に関するマインドセットの課題もありました。ゲーム開発は、「フルコンタクトスポーツ」と言われることがあるのですが、一か所に集まって作品の世界観や互いのアイデアを共有しながら開発を進めるというのが一般的です。このような仕事のスタイルに慣れ親しんできた我々にとっては、リモートワークの実施はなかなか心理的ハードルが高いものでした。

中期的にはオフィスを「クリエイティブなアイデアを生み出す広場」とし、リモートワークを働き方のメインオプションに

 

新型コロナウイルスの感染拡大がある程度落ち着いたのちには、元の働き方に戻るのでしょうか

 

これを機に、リモートワークを今後の働き方のメインオプションに据えることを考えています。実は新型コロナウイルス感染拡大以前からリモートワーク導入の検討はありましたが、前述のとおり、実現は難しいのではないかという懸念から、積極導入はしないという結論になっていました。しかし、今回新型コロナウイルス感染拡大防止の観点で、様々な課題に全社で取り組むことで、早期に在宅勤務を中心とした業務環境が実現できました。これを期に改めて検討を進めることを考えています。

 

どのような狙いで検討されていたのでしょうか

 

大きく2つの狙いがあります。一点目は、ビジネス拡大を支える観点です。1ヶ所に集まって開発することを前提とすると、ビジネスの拡大に合わせてオフィスを拡張する必要があります。しかし、物理的な限界がありますし、コスト負担の問題もあります。海外拠点では、サテライトオフィス設置でこの課題に対応している例もありますが、リモートワークを推進することで解決が進みます。

 

二点目は、多様化する社員のニーズへ対応する観点です。介護、育児等の事情で柔軟な働き方をしたい、さらには個人の志向として勤務地を選択したいというニーズへの対応です。例えば、冬は長野で仕事後にスキーができる環境で働きたい、家賃などの生活費が抑えられる郊外や地方で働いて可処分所得を増やしたい、といったニーズに対応できるようになります。会社にとっては採用の柔軟性が高まるというメリットがあります。現在は、オフィスに通うことを前提に募集していますが、その制約がなくなれば世界中の人材が対象となり、優秀な人材を確保する機会が増えると考えています。

 

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リモートワーク下では、求めるアウトプットを明確にした上での作業指示や、期待成果に基づく評価・フィードバックが重要
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リモートワークをメインオプションとする上でどのような懸念点がありますか

 

リモートワークは「遊び」がありません。例えば、対面の会議であれば、終了後に少し雑談する等「遊び」の時間があります。そういった「遊び」が実は、ゲーム開発においてはアイデアの種を見つける貴重な機会という側面があります。それが、オンラインになると、会議であればアジェンダに従ってきっちり行い、時間がくればアプリケーションをシャットダウンするので「遊び」がなくなります。また、人によっては、長期間自宅で働くことでパフォーマンスに影響したり、仕事とプライベートの切り替えがうまくできなくなる可能性もあります。

 

そのため、オフィスを完全になくして、フルリモートにすることは考えていません。ただし、オフィスに集まる意味は見直しを図ります。オフィスを「クリエイティブなアイデアを生み出す広場」と再定義し、オフィス勤務とリモートワークで調和のとれたハイブリッドモデルを確立することを考えています。

 

ハイブリッドモデルの構築に向けては意識調査等も行い、個々の社員の声を丁寧に拾い上げることが重要と考えています。基本はオフィスで働きながら、週1-2回リモートワークを行うことで生産性が高まる社員もいれば、郊外や地方で趣味を楽しみながら働き、週1-2回程度の東京のオフィスに出勤とすることで創造性が高まる社員もいるかもしれません。日本は、実は地理的にかなり便利で、国内どの都市からでも東京へは2時間前後で移動できます。個々の社員の志向や職種の特性を汲み取りながら、最適なバランスを追求することができるのではと考えています。

 

アウトプットを明確にしたマネジメント、リモートワークを前提とした教育体制の整備、職種の特性に応じた働き方が重要

 

組織・人事面ではどのような施策が必要でしょうか

 

まずは、期待するアウトプットを明確にしたマネジメントが必要だと思います。オフィス勤務であれば、期待する仕事のアウトプットが多少曖昧でも、細かく進捗を確認し、問題があれば都度修正することができます。また、仕事に対する取り組み方が近くで確認できるので、個々人の評価やフィードバックもしやすいと思います。一方リモートワーク下では常に近くで社員の働きぶりを確認できるわけではないため、求めるアウトプットをあらかじめ明確にした上での作業指示や、期待成果に基づく評価・フィードバックがより重要になってきます。

 

また、リモートワークを前提とした教育体制の整備も重要と考えます。リモート環境下では新入社員や中途社員の教育がどうしても難しくなります。そのため、今年の新卒社員には57人全員に先輩社員をつけてメンタリングを行っており、リモート環境だからこそ個人別のフォローアップをよりきめ細かく行っています。

 

また、リモートワークの適合性は職種によって異なります。同じゲーム開発者でも、グラフィックデザイナーは比較的リモートワークを行いやすいかもしれませんが、ゲームプランナーは対面でのタイムリーなコミュニケーションを通して、互いにゲームの世界観や流儀を共有することがより重要になります。そのため、一律にリモートワークを適用するのではなく、職種毎に最適なハイブリッドのあり方を模索することが必要です。

 

日本企業の人材獲得力強化に向けて、ペーパーレスの推進、事業所で働くことを前提としない形への労働法規の改定が必要

 

最後に他の企業経営者や、政府に対して何かメッセージがあればお願いします

まずは、ペーパーレス化を進めることが必要です。新型コロナウイルスの感染拡大防止に国を挙げて取り組んでいる現在においても、公的書類に印鑑を押すために出社せざるを得ない状況が生じています。

 

また、労働法規を事業所で働くことを前提としない形に改定する必要があると考えます。現在の労働法規は全て事業所で働くことが前提になっています。例えば、現行の労働法規のもとでは、在宅勤務の社員がオフィスに出勤する場合は出張になりません。仮に、海外で在宅勤務を原則に社員を雇用した場合、東京のオフィスへ出勤する場合はどうすべきか、そもそも事業所はどこになるのか、という問題が発生します。

 

新型コロナウイルス感染拡大防止に際して、リモートワークが世界的に進展する中で、労働市場の国境は今後希薄化することが予想されます。海外在住のエンジニアをリモートワーク前提で雇用することが一般的になる中、現在の労働法規は問題を有しています。日本が今後の人材獲得競争において後塵を拝さないためにも、新たなワークモデルに対応する必要があります。

 

2020年5月12日 対談実施

 

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インタビュアー

白井 正人

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表 パートナー