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プロフェッショナル対談 第2回

Hosei University x Mercer

「信頼」と「自律」がリモートワーク時代のコア。コア無しフレックス制度でも成功している企業は何が違うのか?法政大学大学院教授 石山恒貴様にお話を伺いました。

Hosei University x Mercer

第2回 会社と個人間の信頼とキャリア自律がより求められる時代に

 

法政大学大学院 政策創造研究科 

 

教授 研究科長
石山 恒貴 様

 

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会常任理事、日本労務学会理事、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学・大学総合研究センター招聘研究員、一般社団法人トライセクター顧問、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員、有限会社アイグラム共同研究パートナー、専門社会調査士


主な著書:『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年、Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting,
 (共著)Cambridge Scholars Publishing, 2019年  

 

主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.


インタビュアー:渡部 優一

組織・人事変革コンサルティング部門 シニアマネージャー

 

 

オンラインによって失われるコミュニケーションの「余白」と「偶発性」

 

緊急事態宣言を受け、教育機関においてどの様な影響が起きていますか

 

教育機関では、「いかに学びを継続し、従来の教育レベルを担保するか」が喫緊の課題であり、オンライン授業に取り組んでいます。自身が教鞭を執る独立大学院は、学生が社会人のみ且つ少人数のため、比較的問題は起きておりませんが、学生のIT環境に格差がある中で平等な教育機会を提供することも重要な課題となっています。

 

オンライン授業では、Web会議ツールのブレイクアウト機能やチャット機能を通じてグループワークを行う事で、「リアルよりも活発に意見交換ができる」という学生からのポジティブな意見もありますが、個人的には、リアルの様なコミュニケーション上の「偶発性」や「余白」がなくなっていると感じています。

 

 

コミュニケーション上の「偶発性」や「余白」とは、どの様なものでしょうか

 

リアルであれば同じ場所を共有し、五感をフルに活用する事で、その場にいる一体感や余白が生まれると思います。例えば、飲み会の帰りにたまたま一緒に帰った空間で生まれたコミュニケーションから新たなアイディアが生まれる、といった偶発性はオンラインでは生まれません。オンラインではローコンテクストでのコミュニケーションになるため、「余白」や「偶発性」といったハイコンテクストから生まれる部分は切り取られていくことになります。

 

一方で、学生からは「オンラインの方が学びも深まった。これからも3回に1回はオンライン授業にしてほしい」といった意見も出てきており、双方の良さを活かしたハイブリッド型のコミュニケーションが望ましい形なのかもしれません。

法政大学大学院 政策創造研究科 石山教授とのオンライン対談の模様

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自律=自分を律する。難しいことを克服したときに、人は幸せを感じる。自分の価値や強みを把握して、それに向けて努力していくことが大切。 今、企業と社員が一体となって、「個人のキャリア自律」について今一度、考え直すとき
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「信頼」と「自律」がリモートワーク時代のコア

 

話を教育機関から一般企業に移します。一般企業では、コロナショックで急速にリモートワークが普及しましたが、コロナショック後はどのような働き方になると思われますか

 

緊急事態宣言による移動制限が解かれた後の話にはなってしまいますが、「Workation(Work+Vacation)」の様な場所や時間を選ばない、日常に非日常を埋め込んだ働き方もこれから増えてくると思います。

 

欧米では、フリーランスを中心にこうした働き方が増えていますが、雇用比率が高い日本の労働市場においては、むしろ被雇用者を中心に、より個人の自由度を高めていくための方法としてこの様な働き方が増えていくのではないでしょうか。

 

こうした働き方は、仕事とプライベートの境目がなくなり、仕事のブラック化を助長するとの意見もありますが、お考えをお聞かせください

 

いくつかの企業では、既にコア無しフレックス勤務制度や場所・時間制限のないテレワーク制度が導入されていますが、各企業に共通して言えるのは、「企業が社員を信頼している」という事です。

 

今回のコロナショックの状況下では、社員を信用しきれていないが故に、今まで以上に管理を強めている企業も多いようです。中にはテクノロジーで社員を監視している企業もあると聞きますが、こうした働き方を通じて、ブラック化する事無く、社員が幸せに働くためには、企業から社員への信頼が不可欠ではないでしょうか。

 

一方、社員側も、管理される事に慣れており、リモートワークによって管理されない事を不安に思うケースもある様ですが、この点についてもお考えをお聞かせください

 

Gallup社のエンゲージメント調査の結果によれば、日本のワークエンゲージメントは極めて低く、その一因は上司から部下へのCommand & Controlにあると言われています。日本企業は今まで、企業としてやるべき事を実行する事で成長してきた部分もありますが、その一方で、個人として、自分のやりたい事や強みを伸ばす事をなおざりにしてきたのかもしれません。

 

チクセントミハイのフロー理論においても、フロー状態(人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚)は、享楽的なものや快楽的なものではなく、あくまでも難しい事に挑戦して乗り越える事で生まれる、とされています。したがって、社員個人としても自律して、自分の価値や強みを把握し、それを活かしてチャレンジ・努力していく事がポイントになってくるのではないでしょうか。また、「何のために働いているのか」という、そもそもの根源的な問いについて個人が考えることも大切になってくると思います。

 

リモートワークで社員が幸せに働くためには、企業から社員への信頼と社員の自律が重要との事ですが、”上司“としての視点では何が重要になってくるでしょうか

 

上司は部下のやりたい事に対して、伴走者としての役割を果たしていかなければなりません。それを改善しようとして、形式的に1on1等を導入したとしても、「上司から説教する時間が増えました」となってしまっては、結局ブラック化してしまいます。

 

つまるところ、こうした働き方は、企業の人材観や個人の自律に対する考え方次第で、ブラックにも幸せにも作用するという事だと思います。リモートワークが普及し始めた今だからこそ、管理せず社員を信頼し、やりたい事や強みを自律して伸ばせる環境を作っていくべきだと思います。

 

反対に”部下”の視点で重要になる点がございましたらお聞かせください 

 

20-30代の方とお話ししていると、「経営層のビジョンは素晴らしい。ただ、経営層の素晴らしいビジョンをマネジメント層が潰して、自分達には届かないから会社が機能しない」という意見が出ます。ただおそらく、この会社では、言っている本人が50代になった頃に同じ問題が起きているでしょう。

 

これは、会社の中の誰かが悪いのではなく、会社全体に問題があるという事ではないでしょうか。そして、それを変えるためには、誰かを悪者にするのではなく、皆で対話し、意味生成をしていく必要があるのではないでしょうか。

 

企業内はヒエラルキーが強く、フラットに意味生成をしにくい環境ではありますが、インターネットの世界は中央集権ではなく、分権的です。その点では、リモートワークを通じて、より世代を超えたフラットな対話に取り組むことが重要でしょう。

 

ミッションベースのプロジェクトワークが主流に。個人の「キャリア自律」がより求められる時代へ

 

今後、日本企業を取り巻く労働環境はどの様に変化するとお考えでしょうか 

 

第四次産業革命と言われるように、テクノロジーの発展によって、今までは大組織でよく知っている人と長期間働かなければできなかった仕事が、少人数且つ短期間でできてしまう時代になりました。したがって、これからの働く世界は、企業の枠組みを超えたミッションベースのプロジェクトワークが中心になっていくでしょう。

 

また、現在でもC to Cのスキルシェアが広まりつつありますが、個人の信頼に基づいた分権的な世界において、よりスキルシェアを活用した仕事が増えていくのではないでしょうか。

 

その様な労働環境で活躍するためには、何が重要になってくるでしょうか

 

やはり「個人のキャリア自律」が重要だと思います。

 

歴史を遡れば、日本型経営が最高と言われた80年代以降、アングロサクソン資本主義が一人勝ちの時代が続いてきました。2008年のリーマンショック以降、アングロサクソン資本主義も従来のように機能しなくなりましたが、次の資本主義モデルの台頭がなく、現代に続いている状況だと考えています。したがって、今回のコロナショックが大きなきっかけとなっている事は間違いありませんが、遅かれ早かれ、新たな資本主義の在り方や、個々人が自律的に幸せになるための方法を、組織も個人も考えなければならなかったのではないでしょうか。

 

日本では、会社命令での転勤に代表される様に、企業が個人のキャリアを決定する古き労働慣行によって、多くの社員において、自律しない自分が身体化されてしまっています。その現実をないがしろにする事なく、企業・社員が一体となって、「個人のキャリア自律」について今一度、考え直す必要があると思います。

 

 

2020年5月7日 対談実施

 

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インタビュアー

渡部 優一

組織・人事変革コンサルティング部門 シニアマネージャー