クライアントの組織・人事変革をご支援する中、筆者の体感として事業再編に関わるご支援のニーズが高まっていると感じる。なお、本稿で事業再編とは、複数の事業セグメントを有する企業がコア事業とノンコア事業を定義し、ノンコア事業を売却することで資金を確保し、コア事業を追加投資や買収によって強化する一連のプロセスを意味する。
再編を検討するにあたり、「わが社はこの事業のベストオーナーか?」が重要な問いになるが、ベストオーナーとは、経済産業省が策定・公表した「事業再編実務指針1」や「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針2」でも紹介されているように、当該事業の価値を中長期的に最大化することが期待される経営主体を指す。
すなわち、事業単体の収益性や成長性に関わらず、自社グループにとって競合優位性を有する事業でないなどの理由で十分な経営資源が投入されにくい場合や資本コストを上回る収益力が見込まれない場合は、当該事業のベストオーナーではないと考えられる。
1) 事業再編実務指針: 2020年7月31日に経済産業省より策定・公表
2) グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針: 2019年6月28日に経済産業省より策定・公表
事業再編において、コア事業、つまり自社がベストオーナーである事業を強化するための買収・統合であれば、業績が好調な事業をさらに強化するためのポジティブな行為と受け取られるであろう。他方で、ノンコア事業の整理のための事業売却となると、業績が芳しくない事業を苦渋の決断で売却して長年勤めた従業員と離れることになる等、ネガティブなイメージを持たれていると感じることがある。
ここで事業再編の人事的意義に目を向けてみる。
事業の価値を最大化できるベストオーナーの下へ移ることにより、当該事業の従業員は報酬としてその利益を享受でき、必要な経営資源が人的資本へ投下される。例えば、従来よりも充実した教育研修・職場環境・人事制度/システム等が期待され、必ずしもネガティブな行為には映らないように思える。
メンバーシップ型の雇用システムに基づく多くの日本企業では、ジョブ(職務内容)と個人の結び付きが弱く、会社組織と個人の結び付きが強いという特徴があるため、会社が事業およびその従業員を切り離すことに抵抗感があると考えられる。
しかし、昨今のジョブ型3の雇用システムのトレンドも示すように、個人が会社にではなくジョブに帰属しキャリア自律が高まり、複数の会社で働くケースが多く見られるようになってきた。ベストオーナーの考え方や上述のトレンドを踏まえると、従業員にとっても事業再編を通じてベストオーナーの下へ移り変わることは必ずしも悪いことではなく、むしろ今まで以上に経営資源が投下され、スポットライトが当たり、さらに活躍する機会とも捉えられる。
3) ジョブ型雇用: マーサーHP特設サイト参照
前段では、事業再編は従業員にとっても必ずしもネガティブなことばかりではないことを説明した。ただ、実務的には留意すべき点があり、そのポイントを紹介する。本稿で詳細に言及することは避けるが、人事担当者として確認すべき事項の例として以下のような項目がある。
企業や取引次第で実際に検討すべき内容は異なるため、取引の経緯や再編手法、貴社が置かれている状況に応じて個別具体的な検討が必要である。しかし、本稿を通して事業再編の人事的意義をご理解いただき、実際に同様のプロジェクトを担当される際に「Day1までは何に留意すべきか?」の概要をつかんでいただければ幸いである。
4) TSA: Transition Service Agreementの略。例えば、被売却事業の従業員は、事業売却に伴いグループ企業を脱退する際に、グループ共通のシステム・年金等を継続利用できなくなることがあるが、TSAを締結し、一定の移行期間内は従来のサービスを継続提供してもらうことがある