健康経営から始まる働き方改革

早くも2020年の大卒予定者の内定率が8%を超えている(2019年2月1日時点)。売り手市場と言われる今、企業が従業員を選ぶ時代ではなく従業員が企業を選ぶ時代に変わりつつあるがその傾向はしばらく続きそうだ。したがって優秀な人材の確保や離職防止は企業のこれからの大きな課題の一つになっている。

健康経営とその効果

私がマーサーに入社した2017年から比べ、働き方改革の一貫として福利厚生制度の充実を図る企業からの相談の数が格段に増えた。この事からも課題認識の高さがわかるのだが、今回特に注目したいのは"健康経営"である。
健康経営はアメリカの経営心理学者であるロバートローゼン氏が1990年代に提唱したヘルシーカンパニー思想から生まれた考え方であり、企業が経営的な視点で従業員の健康促進を配慮し戦略的に実践(投資)する事で結果的に収益を生む可能性が高いとされている。大別すると主に4つのメリットがある。

ホワイト企業のブランド力

日本においても長時間労働やメンタルヘルス、労働災害などが社会問題となり、ブラック企業という言葉が流布する中、ホワイトマーク認定という制度が2016年から始まった。企業が従業員の安全・健康の確保に取り組み、高い安全衛生水準を維持・改善している場合、厚生労働省から認定を受け、「安全衛生優良企業」と称することができる制度のことである。認定を受けるには70%以上の有給消化率が必要など、複数の観点で設定されたな条件をクリアしなくてはならない為、健康経営への取り組みが"見える化"される。ホワイトマークを持つことの最大の強みは、採用力のアップに直結する事だろう。求職者の8割が福利厚生を重視すると言われており、ワークライフバランスへの意識も高い。一方、企業側も、ユニークな福利厚生制度を設けて注目を集めるなどブランディングに注力している中、ホワイトマーク取得は従業員や求職者への大きなアピールになる。

働きやすさの"見える化"への取り組み

働き方改革の流れの一環として、厚生労働省は2020年度にも、企業に働きやすさを測る指標の開示を義務づけることを検討している。

項目は「仕事の機会に関するもの」と「家庭生活との両立に関するもの」で、それぞれ一項目以上の開示が義務付けられる。開示しない企業には社名の公表など、厳しい措置が予定されている。女性の活躍状況に関する指標を選んで開示するケースが多いようだが、個人的には未だに女性の活躍・採用率・管理職率等に注目しているようでは時代遅れだと感じる。世界労働機関の2018年の報告書によると2018年に世界の管理職に占める女性の割合は27.1%だった。日本は12%と主要7か国中(G7)最下位。育児、介護や家事など無給の仕事に費やす時間は女性が1日平均4時間25分に対し、男性は1時間23分となっており、このペースでいくと、格差の解消には209年かかると予測されている。日本で1986年に男女雇用機会均等法が施行されて既に30年が経っているが未だ女性管理職比率は伸び悩んでいる。そもそも社会がいつまでも女性の活躍に注目するのではなく、男女平等に育児と仕事の両立を支援し、長時間労働を強制しない企業風土をいかに作るかが大切だと思う。時短や休職等の"仕事の免除"により女性をサポートする制度のままでは女性のキャリアが伸び悩むのは当然であり、男性の仕事負担が増える事にも繋がっているのではないだろうか。その為、男性の有給休業取得率は年々上昇してはいるものの、わずか5%程に留まっており、この数字を過去最高としてプラスに捉える事には疑問を感じている。

そうは言っても、この取り組みにより残業時間の削減、有給取得率や男性の育休取得率が上がるなど、一定の効果を期待したい。

最近のトレンドとしては、在宅勤務やフレックス制度導入など一般的に認知度が高い取り組みの他、パートタイム勤務の従業員を短時間勤務の正社員への転換制度を設けたり、恋活・婚活アプリの費用を企業が負担する制度を設けたりと、男女問わずその企業に合ったユニークな制度導入がある。

 

私は2年前までアメリカで働いていたのだが、帰国が決まった際、アメリカ人の友人たちから、口を揃えて"働きすぎないように"と心配されたのを思い出す。日本人は働きすぎ、というイメージが強くあり、実際に働き始めるまでは不安が大きかった。幸い入社してから心身共に追いつめられるような事はなく、働き方委員会が設置され積極的に改革に取り組む企業に勤めている今、抱いていた不安はなくなった。今でもブラック企業は存在しているが、日本の労働環境は様々な働き方改革によって大きく、良い方向に変わってきているのではないだろうか。今後も続く生産年齢人口の減少と従業員の高齢化に対応するためには、企業はこれからも健康経営による従業員の健康増進・維持について積極的に向き合っていく事が必要だと思う。


 

執筆者: 石原 彩 (いしはら あや)
保健・福利厚生コンサルティング/ Mercer Marsh Benefits アソシエイトコンサルタント