その異動、購買力補償方式でいいですか?

「若手Aさんを、海外子会社B社に出向させて修行させたいんですけど、本来コストを負担すべきローカル側がコストを払うのに消極的なんですよね。高いし、そこまで戦力にならないだろうから、って。言いたいことは分かるけど・・・。本社でコストを持つべきか再検討すべきですかね。」

「メキシコの会社が伸びそうだったので買収したんですけど、役員の一人に辞められちゃいまして。空席にできない重要なポジションなので人材確保しないといけないんですけど、現地採用に苦戦してるんです。アメリカの採用市場からなら人を見つけられそうなんですけど、この場合、駐在員ステータスで行ってもらうとなると高くなりますよね・・・」

グローバルでの人材マネジメントを本格化させようとしている日系グローバル企業様から、コストが足枷となっていてグローバルの人材異動が思い通りに進んでいない、というお悩みを聞かせていただくことがここ1-2年でとても増えた印象を持ちます。貴社においてはいかがでしょうか。

ご存知の方も多いでしょうが、海外勤務者の処遇の設計にあたっては、「購買力補償方式」という考え方が、グローバルで一般的です。購買力補償方式とは、物価の差や為替変動、派遣先国独特の事情に起因して起こり得る「どの国に派遣されるかによる有利/不利(得/損)」を回避しつつ、派遣先国においても本国勤務時と同じ購買力を維持できるよう処遇を設計する考え方です。

国内勤務者と海外勤務者、また、海外勤務者間の処遇の公平性を保つことができ、海外勤務者本人の国内勤務時と海外勤務時の給与水準も維持することができ、日本でも多くの企業に採用されています。

その一方で、会社側は、為替・物価差による差額、本国勤務時と海外勤務中の税金、生計費、住宅費の差額を一手に引き受けることになり、さらに、会社方針によってインセンティブや福利厚生を支給する場合も多く、高コストになりがちです。特に人件費は受益者負担が原則ですから、受け入れ側の人件費として負担がかなり大きくなります。そのため、冒頭でご紹介したエピソードが示す通り、グローバルの人材流動が思い通りのレベルで進捗していないというのが現状のようです。

では、現在購買力補償方式が一般的とされている海外勤務者処遇設計は、新しい工夫をすべきタイミングに来ているのでしょうか?

そもそも、購買力補償方式は、

  • 「為替変動・物価差のある国や地域」に
  • 「本国に帰ってくること(帰任)」を前提に
  • 「1年から5年の期間」で
  • 「事業に貢献することが目的」で派遣される人材

に適用することを前提とした考え方です。

帰任することが分かっているから派遣前後の処遇に連続性を持たせるよう配慮する必要があり、現地における事業貢献が期待されるからコストを払ってでも受け入れる価値があるわけです。従って、この要件に合う限りは購買力補償方式以外のオプションを検討する必要はありません。一方、合わない場合は、別の方法を考える必要性が出てくるかもしれません。

2018年3月マーサーのグローバルモビリティ部門のグローバルトップYvonne Traberが来日した際、欧米のグローバルモビリティのプラクティス紹介の機会がありました。その際、欧米においても購買力補償方式に加え、それ以外の複数の処遇ポリシーを整備することがホットトピックとなっている、ということで話が盛り上がりました。

欧米においても、20年ほど前までは多くの企業が購買力補償方式一本であらゆる国際異動を行っていたものの、かさんだコストを見直す中で、改めて派遣タイプを「帰任の有無」「期間」「派遣目的」等の観点で分類し、それぞれのタイプに対して購買力補償方式の妥当性が検討されたようです。その結果、購買力補償方式を含め複数の処遇ポリシーを整備するケースが多くなってきているとのことでした。

下記のグラフが示すように、「Long-Term Assignment(1年~5年/購買力補償方式が該当)」に加え、購買力補償方式の適用対象外となる、1年未満の期間を対象とした「Short-Term Assignment」、そして、予め期間が決まっていない、または帰任を前提としていない場合の「Permanent/ One-way Transfer」の3つの派遣タイプについては個別のポリシーが整備されている場合が多く、それらに続き、通勤ベースの「Commuters」や現地採用者向けの「Locally Hired Foreigners」、若手の人材育成を目的とした「Early career development/ training assignments」についてもポリシーが整備され始めているようです。

派遣タイプ別ポリシーまたは諸条件の設定有無(複数回答可)

出所:Worldwide Survey of International Assignment Policies and Practices 2017 Edition (Mercer)

2016年にマーサーが日系企業を対象に実施した調査1では、回答企業の68%が「標準的な派遣期間(1~5年程度)における海外駐在員規程以外に海外派遣に関連する別の規程」は「ない」と回答していますが、このような欧米のトレンド、また、冒頭でご紹介したようなご相談が増加していることを踏まえると、今後、日本においても複数の国際異動ポリシーを持つこと、"ポリシーの複線化"が進むことが予想されます。

ただし、必ずしも欧米のトレンドがそのまま日系グローバル企業に当てはまるとは限りません。また、あまりに細かく設定しすぎても逆に運用しにくくなる場合もあります。

従って、複線化のベースとなる派遣タイプの分類は、各社におけるグローバル事業戦略と、それを実現するための人材マネジメント戦略を踏まえ、「帰任の有無」「期間」「派遣目的/貢献度合い」を軸に、現在ボリュームゾーンとなっている派遣タイプ、今後必要になる/増えそうな派遣タイプ、厚遇しなければいけない派遣タイプ等、丁寧に検討する必要がありそうです。

最後に、冒頭の若手Aさんの出向についてですが、人材育成の場を提供する上に高いコストまで負担するとなると、受け入れ側子会社が難色を示すことも当然でしょう。この場合、前提となる「事業に貢献する」という目的に100%該当していると考えにくく、購買力補償方式は適用しにくいと言えます。従って、派遣側/受け入れ側のどちらが費用を持つかという議論の前に、購買力補償方式が対象とする処遇レベルから水準を下げた処遇を検討する必要があります。具体的にどの項目にどのように手を加えるかは議論が必要になってきます。

また、子会社経営の核となるべきメキシコでの役員採用の件は、「期間が決まっていない」または「帰任が前提ではない」のであれば、必ずしも、購買力補償方式が適用される駐在員とはなりません。しかしながら、(メキシコよりも報酬水準の高い)アメリカに住んでいるアメリカ人を採用するケースであり、アメリカでの生活と同等レベルの生活を保障する処遇を考慮したオファーが必要になります。採用することが目的ではなく、採用後、核となる人材が定着し、期待する結果を出してくれるモチベーション維持も意識するとよいでしょう。

例としてご紹介した冒頭の2エピソードはいずれもここ半年間で複数の実際のクライアント企業様からいただいたお悩みを元にしました。本コラムでは、字数の制限上、シンプルな解決案をご紹介させていただきましたが、より詳細な議論、問題解決においてクライアント企業様と一緒に取り組んでいくことができれば幸いです。


 

執筆者:: プロダクト・ソリューションズ