人材(人手)不足を背景に、賃金上昇は加速するか?

安倍首相は2018年の春闘に向け、経済界に3%の賃上げを要請。経団連もベースアップと定期昇給を合わせ月給の3%引き上げを検討するよう企業に求める方針を固めた。人材(人手)不足も深刻化している。しかし、鈍い賃金上昇が加速するかについてエコノミストの意見は割れている。

図表1が示すように完全失業率はリーマンショック後一貫して低下を続け、2017年11月には、働き手の減少も手伝って2.7%と24年来の低水準を記録した。また、パートタイムを含む11月の有効求人倍率は1.56と実に43年10か月振りの高水準まで上昇した。正社員の求人倍率は1.05倍で、2017年6月に統計開始以来初めて1倍を上回り、その後じりじりと上昇を続けている。パートタイマーが見つけづらくなり、企業が仕方なく正規雇用を増やし始めたことや、将来の人材(人手)不足を見越して長期で雇える正規社員の雇用を増やしていることが背景にある。

<図表1>
完全失業者有数、完全失業率(年平均)

有効求人倍率(新卒を除き、パートタイムを含む)

出所:厚生労働省、総務省統計局

賃金上昇加速を予想するエコノミストは、その要因に労働人口の減少による深刻な人材(人手)不足を挙げている。図表2は2015年、及び2030年の日本の人口ピラミッドを示したものだ。足元の人材(人手)不足は主に強い労働需要によるものだが、2012年に団塊世代(1947~1949年生まれ)が65歳を迎え、労働市場から本格的に引退したことや、非正規雇用の増大により1人当たりの労働時間が減少し、労働投入量が伸び悩んでいることも人材(人手)不足の一因となっている。

中・長期的にも、2030年には団塊ジュニアが55~59歳となり、そこから下の年齢層は、ほぼ逆三角形のままで、労働人口減少に歯止めがかからない状況が予想される。人口全体の平均年齢も2030年には50歳を上回る見通しで、政府は外国人労働者の受け入れ拡大等、何らかの対策を講じなければ、数十年後には人口の40%を65歳以上が占め、労働人口は850万人以上不足すると試算している。

<図表2>
日本の人口ピラミッド

出所:総務省統計局

しかし、労働市場が逼迫し、多くの企業が過去最高益を記録している割には、少なくとも足元の賃金上昇はなかなか加速しない。理由は幾つかある。まず、日本は崩れつつあるとはいえ、依然終身雇用、年功序列の労働慣行が根強い。若いうちの給与水準は低く、より高い給与を求めて転職する者も少ないため、これが賃金上昇を抑制している。また、企業は製造業中心に世界的な競争に晒されているため、低賃金を受け入れる非正規社員や女性、高齢者で人材(人手)不足を補ったり、省力化のための自動化投資に資金を振り向けたりして、コスト増に繋がる正社員の賃上げには消極的だ。一方、労働者は目先の賃上げよりも現在の職場に長く勤務する職の安定を重視する傾向にある。更に、人材(人手)不足も業種によってまちまちで、運輸、情報通信、宿泊・飲食サービス産業等は人材(人手)不足が深刻だが、銀行等大規模な人員削減を打ち出している業種もあり、広く賃金上昇圧力がかかっているとは言い難い。

職種による過不足のばらつきも大きい。マーサーが毎年実施している人材動向調査によると、企業が必要とするスキルを有するIT、マーケティング、営業職は不足感が強い。特に、IT、マーケティングについては、近年大きな変化が起きており、例えば、優秀なB2Cのウェブデザイナーやウェブ開発者、Webマーケティングマネジャーは採用が難しく、賃金上昇圧力が強い。一方、人事、総務等の事務職(一般職)は求職者が多く、シェアードサービスへのアウトソーシングを進める企業が増えていることもあって人材(人手)は十分、ないし余剰との回答が目立つ。

賃金上昇抑制の一因である女性、高齢者の労働参加は、既に高水準にあり、一段の上昇は限定的となりつつある。これらの層の労働供給が頭打ちになれば、賃金上昇圧力がより顕在化してくる可能性は高い。しかし、マーサーの2018年昇給率に関する企業調査結果やエコノミスト等の予想を見る限り、少なくとも短期的な賃金上昇ペースは政府が目指す水準を下回る緩やかなものに留まる可能性が高そうだ。


 

執筆者: プロダクト・ソリューションズ部門