福利厚生制度デジタルプラットフォームの活用

昨年、マーサーは福利厚生制度管理用のデジタルプラットフォームを作っている会社を買収した。それに伴い、私は新しいプラットフォームの利用方法を学びにシンガポールへ赴き2週間の研修に参加した。世界では今様々なデジタル化が進み、人事関係のプラットフォームの開発も進んでいる。日本では福利厚生用のプラットフォームはまだそれほど浸透していないが、海外では注目され始めている。その理由は主に2つあり、一つは海外医療の社会保険の仕組み、もう一つは社員とのコミュニケーションだと思われる。

海外医療の社会保険の仕組み

日本の社会保険はとても手厚く、健保が医療費の70%を負担してくれるが、海外から見ればとても珍しい制度だ。多くの国では、社会保険で保障されていない部分は会社が補うため、どこの会社で働くかによって社員と家族が受けられる医療サービスが異なってしまう。海外では医療保障の値上がりが激しいこともあり、会社は社員と家族の健康状態にとても敏感になり、健康増進や病気予防用の制度を導入している。

海外の医療保険料は治療コストの上昇に伴い、毎年増えている。2017年7月にマーサーが発行した医療コストサーベイ結果によれば、世界的には医療コストが物価の約3倍と大きく上昇していることがわかっている。

 
2017年医療コストインフレーション
(予想)
2017年物価インフレーション
(予想)
グローバル
9.7%
3.6%
アジア
10.2%
2.8%

 

こうした医療費の上昇の予防策として、海外では会社が様々なWellness Program制度を導入している。
例えば予防接種、スポーツジム会員、社内ヨガクラス、ヘルシースナック提供、禁煙相談、徒歩数還付等があげられる。これらの制度は、デジタルプラットフォームを活用することによって利用しやすい形で提供されるのが一般的だ。健康増進プログラムから医療費削減ができると考える会社が多いため、プラットフォームの開発、運営費用を支払う価値は十分にあると思われている。

一方、日本でも医療費の高騰により、健康保険組合の財政が厳しくなり、医療費削減のための病気予防のサービスが増え始めている。日本でのサービスは食事、睡眠、徒歩数の生活データ分析から健康診断結果や治療歴の医療データ分析まで幅広くあり、会社が社員に提供する団体保険の付帯サービスとして保険会社から提供されるケースも出てきている。健康保険組合の収支悪化を防ぐ手段として、日本も海外の例に倣って健康ソリューションを提供するこうした動きは、医療コストの削減につながると思われる。

福利厚生制度のコミュニケーション

2016年度にマーサーがアジア地域で実施したサーベイでは、61%の会社が福利厚生制度は組織にとって重要だと答えているが、20%弱の会社が福利厚生制度コストの現状を把握していないという結果が出ている。また、12%の会社だけが、従業員に福利厚生制度が評価されていると感じている。充実した福利厚生制度を会社が導入したとしても、十分に認識・評価されないのであれば、それは非常に残念な事だ。

多くの会社は福利厚生制度に関して社員とのコミュニケーションを取るのは1年に1回のみと回答している。また、約20%の会社はコミュニケーション自体を取っていないことがサーベイでわかった。既存社員の満足度向上と新たな人材確保には、自社の福利厚生制度の競争力が高いと理解してもらうことは欠かせないにも関わらず、である。年1回の更改時のコミュニケーションと従業員ハンドブックだけでは、多くの社員は忙しさの中で見過ごしてしまうだろう。メールだけのコミュニケーションでは全社員に情報が行き渡らないリスクや、未読メールに埋もれて読まない社員も出てくることが予想される。
デジタルプラットフォームが普及している海外では、通勤中や自宅で、社員と家族が一緒にワンクリックで福利厚生制度の情報収集・加入・脱退・変更等ができるようになってきている。会社がどのような制度を提供しているかがすぐ分かることはもちろん重要だが、それ以上に「なぜ会社が社員にこの福利厚生制度を提供しているのか」「この会社で働くと、どのように社員のワークライフとパーソナルライフの質が上がるのか」を社員に知ってもらうことがコミュニケーション上の鍵となるだろう。

福利厚生制度コミュニケーション頻度

福利厚生制度コミュニケーション頻度

今後の動き

海外では各会社の社員ニーズは様々であり、日本に比べて提供可能な福利厚生制度のメニューが豊富で、数も多い。各々の社員のニーズにマッチした制度を提供できるように、会社は多種多様な制度を持つことになるが、社員毎にパーソナライズし分かりやすく整理できるのがデジタルプラットフォームの良さである。そのため、現地の福利厚生制度をプラットフォームとセットで導入する会社が今後ますます多くなるだろう。

さらに、福利厚生制度の全制度が一つのプラットフォームで閲覧できるようになると、会社は社員の関心度をログイン数や閲覧率といった数値で測れるようになる。このデータを元に、必要とされていない制度を廃止することでコスト削減もできれば、会社はより深い人事制度の分析と併せて一石二鳥といえる。海外に多くの拠点を持つ多国籍企業に、こうしたソリューションは好まれるだろう。

日本でも、今後は働き方改革などを通じて様々な福利厚生制度が普及していくと思われる。その際に前述のようなプラットフォームを事前に導入していれば、新たな制度の紹介も簡略にできるようになり、従業員もより利用しやすくなる。人事関係プラットフォームが既に幅広く普及しているアメリカやイギリスにおけるデジタルプラットフォームの利用方法を十分に調査して、日本での利用指針を考えていくべきだと感じている。

Source:
- Benefits Under the Lens: Identifying the Missing Links 2016 Survey Report, Mercer Marsh Benefits
- Medical Trends Around the World 2017, Mercer Marsh Benefits
- Societal Aging’s Threat to Healthcare Insurance – impact of rising prevalence of non-communicable diseases, Marsh
- 健保 生保が助っ人, 日本経済新聞, June 21 2017

 

執筆者: 大谷 早紀 (おおたに さき)
保健・福利厚生コンサルティング/ Mercer Marsh Benefits アソシエイトコンサルタント