コンサルタントコラム 723
他の誰よりも優秀な予想家が存在する?

6月23日の英国でのEU離脱(ブレグジット)を問う国民投票は予想外にEU離脱派が勝利し、その結果グローバル金融市場に大きなショックを与えました。今年はさらに11月に米国で大統領選が控えているなど、今後も政治的なテーマで金融市場が影響を受けることが多く想定されます。

政治的なテーマに限らず、世の中の様々な事象に対しては世界中の数多くの人がその知見をもって分析をし、予測を行っているのですが必ずしも予測結果は一様ではありません。選挙の場合は世論調査が行われますが、調査時期や調査対象などによって結果が異なることも多くその時々の報道によって見方が大きく変わることも珍しくありません。

そうした中、常に百発百中とはいかないまでも他の誰よりも優秀な予想家が存在します。それは誰か(何か)というと、賭け市場の予測です。

米国では、アイオワ大学ビジネスカレッジがアイオワ・エレクトロニック・マーケット(IEM)と称される市場を開設しており、そこでは米国大統領選等のさまざまな選挙における候補者の当落を予測する先物取引が行われています。この市場は研究を目的としたものではあるのですが、実際のお金を賭けることができる仕組みとなっています。

このIEMの予測がどの程度正確かというと、少し古いデータにはなりますが、「1998-2000年に行われた49の選挙戦の結果とその投票前夜のIEM価格を比べると、誤差は大統領選で平均1.37ポイント、それ以外のアメリカ国内の選挙で平均3.43ポイント、海外の選挙で平均2.12ポイントだった」「1998-2000年の間、大統領選について596の世論調査が実施された。4分の3の確率でIEMの市場価格は同じ日に発表された世論調査よりも正確だった。」という調査結果が示されています1

1) 『「みんなの意見」は案外正しい』(ジェームズ・スロウイッキー著、角川文庫)

では、なぜ賭け市場はある程度正確な予測が可能なのでしょうか。この市場では『集団の知恵(集合知)』が反映されているから、ということになります。ではなぜ集団の知恵(集合知)が正確な予測ができるのかというと、多様な人が独立した判断を行うと、個々の判断に含まれるエラーの部分が相殺され予測の正確な部分が集約されていくから、ということのようです2。このことは、集団の知恵(集合知)が有効に機能するための要件が、意見の多様性及び分散性、個々の独立した判断環境、目的を同じくする多数の主体の存在、そしてそれを集約するメカニズムの存在であることを示しています。すなわち、似たような人しか参加していない、あるいはみんなが特定の人の意見に影響を受けて意見の偏りが生じてしまうような場合には、機能しないということになります。

2) この説明では、今一つピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんが、グーグルの検索結果において役立ちそうなページが上位に出てくるのは、多くのリンクを張られたページを重要と認識するという集団の知恵(集合知)を用いたものであると聞けば、その有効性を実感していただけるのではないでしょうか。

本稿では、賭け市場における集団の知恵(集合知)について記載しましたが、この考え方は、企業における「ダイバーシティー(多様性)」の基礎になる考え方でもあります。多様な人が自由な発想で仕事に取り組むことで多面的な物事の見方が可能になり、問題解決を図る手段を多く持つことができることになるのです。

ところで英国のブレグジットについては、事前のブックメーカー(合法的に幅広く世の中の出来事を賭けの対象として主催している欧米の会社)の多くは残留派が有利との予測を示しており、予測が外れるという結果となりました。

今回の投票結果は僅差であり、集団の知恵(集合知)も外れることがあると言ってしまえばそれまでですが、(後知恵にはなりますが)ブックメーカーの賭け金の多くは残留派が多くを占めるロンドンでのものであり、集団の知恵(集合知)が機能する要件である分散性が欠如していた(大金を賭ける人が残留派に偏っていた)という可能性もあるように思います。

先に述べたIEM市場では最大で賭けられる金額は500ドルとなっており、こうした偏りが生じにくい構造となっています。今年の米大統領選挙についてのIEM市場での得票率予測は2016年6月26日時点で民主党クリントン候補54%、共和党トランプ候補47%となっています。私どもでは、クリントン氏が大統領となった場合には市場に対してニュートラルですが、トランプ氏が大統領となった場合にはよりダウンサイドリスクが高まるとの見方を示しています3。果たしてどうなるでしょうか。