コンサルタントコラム 689

修羅場経験と突破力

執筆者: 渡部 優一(わたなべ ゆういち)

組織・人事変革コンサルティング
コンサルタント

私「あっちのプールは足が届かないからまだムリだよ」

息子「僕は赤ちゃんじゃなくて、もうお兄ちゃんだから大丈夫だよ」

よそ見をしていてふと気づくと、息子は浮き輪をつけ、妻の手を自ら引きながら勝手にすたすたと歩き、いつの間にかプールに入っていた。息子は臆病なところがあるので水を怖がってプールに入ること自体が難しいと思っていたが、そんな懸念が嘘のようにプールを楽しんでいた。子供の成長カーブはすさまじいものがある。

近年、企業が持続的な成長を実現するためのキーファクターの1つである、将来の経営幹部候補育成の重要度が増しており、プロジェクトのサポートをする機会が増えている。その中で、プロジェクトの取り組みの一環として、将来の経営幹部候補に対するアセスメントをさせて頂いている。アセスメントをしていると、迫力ある人材は必ずと言っていいほど、ある共通の要件を持っていることに気づく。

「突破力」である。

迫力ある人材が共通して「突破力」という要件を持っている理由を探っていくと、ある興味深い共通点が見えてくる。彼らは、キャリアのどこかのタイミング(特に若いタイミング)で海外拠点や新規事業の立ち上げ・実行、(小規模であっても)支社の責任者など、その時点では大きく背伸びをしないと到底対処できないようなレベルのアサインメントを経験している。

仕事内容、働く環境、言語、経営知識、リーダーシップの発揮など、ありとあらゆる困難な状況が発生しながらも、そういった一つ一つの修羅場をくぐり抜け、どうにかアウトプットを生み出す。ふと気がつくと、以前の自分とは思えないほどパワーアップしている。こういった修羅場での経験の積み重ねが、その人材の中核部分を形成し、迫力をもたらしている理由であることが非常に多い。

ここから学べることは、アサインメントにおける背伸びの度合いにより、人の成長度合いが一定レベルで規定される可能性が高いということである。

様々な現場で「適材適所の実現による人材の最大活用」というキーワードを目にすることが多い。至極真っ当な取組みであるように思う。確かに、Aという仕事を誰にさせるのかを考える際に、「似た経験がある」「その仕事に慣れている」「その仕事に必要な専門性を高く持っている」という観点から人材を選定すれば、高い効率性と生産性、そして結果としての目標達成が高確度で保証されるだろう。

では、人・組織の成長を加速させる、という観点で見た場合はどうだろうか?適材適所を追求する限りは、イノベーションを生み出す、目標を大きく上回るアウトプットを創出する、人が仕事を通じて大きく化ける、という点では限界があるのではないか。適材適所な人材配置は、平時における安定的な組織運営に力を発揮するリーダーが育つことは可能かもしれない。

しかし、事業のターンアラウンドや成長を加速させるような、昨今のような常に有事のような状況で力を発揮するリーダーが育つには、責任を与えられ、いわゆる"適所"とはかけ離れた道なき道を切り開くような修羅場経験が必要と言えるだろう。

事実、多数のプロ経営者を輩出しているGEでは、ポテンシャルの高いリーダーに対してストレッチアサインメント(修羅場)を与えることが仕組みに組み込まれている。国内事業部で部下を持った経験がない人が、急に売上数百億円規模の事業部のトップを任され、何百人の部下を持つなどという非常にタフなアサインメントをされることもあるそうだ。

では、背伸びが必要な修羅場を与えれば誰でも成長できるのか?答えは「No」だろう。単に修羅場を与えれば育つわけではない。マネジメントには、一人ひとりに対して個別性の高い修羅場をデザインし、それをマネジメントする力が求められる。

具体的には、以下の3つが重要になる。

  • 修羅場デザインにおける、「背伸び」と「ジャンプ」のさじ加減、タイミングをコントロールする
  • アサインする仕事への動機づけを行う
  • プロセスを見守りつつ鮮度良くフィードバックする

ここで注意しないといけないことは、先回りして転ばないようなお膳立てをしない、ということである。もう少し付け加えると、失敗しそう、時間切れ、あるいは出来ない確率が高そうだからといって、転ぶ前に支援の手を差し伸べてしまうようなことはしない、ということである。これは一見すると優しいように思えるが、必要以上に手助けをしてしまうことで、大変な思いはしたけれど突破力が身につかない、という本人にとっては最も残念な結果を引き起こすことになってしまうのである。

転ぶことは悪いことではない。結果も大事だが、もっと大事なのはどういう転び方をして、そこからどうやって起き上がったのかということだ。その七転び八起きのプロセスを通じて、再現性のある突破力の基盤となる思考・行動が磨き上げられるのである。そのプロセスを、放置せず、しかし介入し過ぎずにいかにサポートするか、という点にマネジメントの妙がある。

冒頭のプールの話を振り返ってみると、私はどこかで息子の意欲やポテンシャルを勝手に決めつけて過小評価していたのかもしれない。突破力を身につけるチャンスはそこら中に溢れている。部下(子供)が突破力を身につけるチャンスを活かすも殺すも上司(親)の手腕にかかっていることを肝に銘じておかないといけないことを痛感した次第である。

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