コンサルタントコラム 679
「価値観の相違」と「人件費投資の最適化」

先日、ヤスミナ・レザの戯曲で、三人の中年男の友情と、1枚の絵画をめぐる価値観の相違による危機をコミカルに描いた「ART」という舞台を観た。平田満、市村正親、益岡徹の三氏が、90分間ノンストップで演じる舞台は、久しぶりにプロの役者魂を感じる傑作で、ご覧になった方もいるかもしれない。「1枚のただの白いだけの絵に何百万円もの価値があるのかどうか」を巡り、大人三人が延々と議論する舞台は、価値観の相違について深く考えさせられるものだった。

話は若干飛躍するが、2015年2月25日にマーサー・マネジメント・フォーラム2015 が開催され、筆者はその中の分科会で「人件費投資の最適化」1というセッションに関わった。

1) 本セッションは、『グローバルHRコストマネジメント「人件費投資の最適化」』と題して、2015年6月24日に追加開催いたします。

そのセッションでは、「人件費を考える上で、何にいくら投資するか」を戦略的・統合的に決定するには

  • 「市場」=人材市場の特徴
  • 「自社」=事業上の要請
  • 「コスト」=財政的な制約

 

という3つのファクターがキーであり、これらの総合的な視点から戦略が策定されるべきであるという趣旨で、様々な分析を行った。
その一つである「市場」のファクターの中で、マーサーの「What’s Working Survey, 2011」をベースに、各国ごとの社員が求める価値を分析した結果の一部が下図である。

 

「What’s Working Survey, 2011」は、2010年後半から2011年前半にかけて、世界17か国、約30,000人の社員を対象に、「働き甲斐につながる価値」を調査したものだが、中国やインドのような新興市場と、香港、シンガポールのような成長市場、ドイツ、アメリカのような成熟市場では社員が仕事に求めるものが異なるという、大変興味深い結果となっている。

新興市場では、「自分のキャリアアップ」や「研修の機会」といった自分の労働市場での価値を高めることに大きな価値を持つ傾向があり、成長市場では「キャリアアップ」ならびにそれに連動して「業績賞与」が得られることに価値が移り、成熟市場ではお金以外の価値である「仕事の内容」や「その会社で働くことへの誇り」といった項目に価値が移っていく。

また、こうした価値観の変遷は、労働市場の成熟度だけにとどまらず、一個人の成熟度によっても起こりうるように思う。自分自身を振り返ってみた時、若いころは「自立して生活できるだけのサラリー」に価値があったものが、年齢を重ねるにつれて、「仕事のやりがいや社会への貢献」といったものを重視するように明らかに変わったと思うからだ。

労働に求める価値観は、国や個人の置かれている状況によって相違するというのは言うまでもないことではあるが、「人件費投資の最適化」という大きなテーマを考える際に、一度、自社の海外拠点の社員向けに同様のサーベイを実施してみてはどうだろうか?
サラリーといった定量的なものと、仕事への誇りといった定性的なものを一律に図ることは不可能ではあるものの、国ごとにある一定の価値観の傾向がみられるとしたら、それを各海外拠点の人事政策に反映することで、海外で働く社員の満足度を高めることができるのではないだろうか。

冒頭の「ART」では平田氏が息つく間もなく5分以上の長いセリフを一人で喋るシーンがあり、セリフが終わった時に演技途中にも関わらず、観客から大きな拍手が起きていた。役者冥利に尽きるやりがいのある舞台だっただろう。筆者もコンサルタントとして、人から評価される仕事をしたいものだ。