正念場

1970年代、外国為替は固定相場制から変動相場制へ移行し、ドル円の為替レートはそれまでの360円から200円を割るまでの大幅な円高となりました。当時、小学生だった私はテレビで為替相場のニュースを見ては、数字がどんどん下がっていくのに、なぜ円「高」なのかが分からず不思議に思っていました。外国為替というものを初めて知った時期だった訳ですが、その後、父から「金額はドルの値段であり、ドルが安くなれば反対に円は高くなる」と教わったことを記憶しています。

さて、そのような為替相場ですが、今年の6月末には101円台だったドル円の為替レートが11月末には118円台となり、円安が進行しています。きっかけは10月末における米国の量的緩和の終了が間近に迫るとともに早期利上げの観測が拡がったことですが、更に日銀による追加緩和が発表されたことで拍車が掛かりました。為替が円安になりますと、かつてほどではないにしてもやはり輸出企業には恩恵をもたらします。一方、原材料を輸入している企業にとってはコスト増となります。特にそのような中小企業の収益は圧迫されており、円安を原因とした倒産が増加しているとのニュースも出ています。円安が個人に与える影響を見ましても、外貨預金などのドル建て資産を持っている人にはプラス効果がありますが、そのような資産を持っているのは恐らく少数派であり、大多数の人々はガソリンや食品の価格が上がることを懸念しているのではないでしょうか。アベノミクスの効果で株価が上昇した際、「景気回復の実感はない」という巷の声がよくニュースで取り上げられましたが、そのような「富める者はますます富み、貧しき者は・・・」の構図が円安でも見られている訳です。

当然このような状況では景気の本格的な回復は難しく、11月に発表された7~9月期のGDP速報値はマイナス1.6%となり、安倍総理は衆議院の解散と2015年10月に予定されていた消費税引き上げの延期を発表しました。つまり、景気回復と財政再建という相反する2つの目標を掲げる安倍政権が景気回復を優先して財政再建を先送りにした訳ですが、そうなると気になるのは今後の財政再建の行方です。よく、日本は多くの資産を持っているのでそれらを差し引いた借金はもっと小さい、或いは、日本の国債保有は日本人が大半を占め、海外にはほとんど依存していないので大丈夫、といった意見が聞かれます。仮にそれらが正しいとしても、それは今の状態であれば持ち堪えられることを意味しているだけであり、それらによって問題が解決されることは決してありません。このまま国の借金が増え続ければ、資産を差し引いた負債も膨らみますし、そうなれば外国人投資家による日本国債の保有比率も上がっていくことも予想されますので、財政再建には負債の増加を止めることが不可欠です。

これに対し政府は2020年までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス、以下PB)の黒字化を国際公約として掲げています(2010年に民主党政権が表明したものですが、現政権も引き継いでいる公約)。PBとは政府の収入と支出の収支ですが、借入に関する入出金は除かれます。つまり、PBが黒字であれば、負債の元利金返済を除く全ての支出は借金に頼らずに賄うことができることになり、財政を立て直す為には必ず達成しなければならない一里塚です。ところが、消費税率の引き上げを延期したことで、ただでさえ困難と思われていた2020年のPB黒字化はほぼ達成不可能になると見られています。

今の日本は、極めて低い金利で多額の借入を行い、株価も脆弱な経済に関わらず過去2年間は大幅上昇を遂げてきましたが、これは普通の会社の社債や株式では考えられない状況です。つまり、これは日銀の異次元緩和とアベノミクスによる、日本国債と日本株の買い支えがもたらした結果ですが、これまではそれに乗じてきた多くの投資家も、この金利と株価の水準は実態が伴っていないことを十分に認識しています。国債に関しては、昨年4月からの異次元緩和で日銀は長期国債の保有残高を年間50兆円増やすとし、更に今年10月に発表された追加緩和ではその額を80兆円へと引き上げたことから、当面は国債の買い支え(金利の低水準)は維持されると思われるものの、何かをきっかけに海外を含む多くの投資家が国債を売りに転じる(金利が上昇する)リスクを孕んではいます。そして、もし景気が回復しない内に国債が売られ金利が上昇した場合には、政府の借入コストも上昇し、財政再建は更に遠のくという悪循環に陥ります。そのような事態を回避するためにも政府は、「2020年は無理でも、XX年までには黒字化する」という、実現可能と思われる財政再建の道筋を示し続けることが必要となります。

一方、今回は財政再建よりも優先された景気回復ですが、こちらも道筋は決して平坦ではありません。安倍総理は消費税引き上げの再延期はせず、2017年4月に引き上げることを明言しています。つまり、今から2年余りの期間に成長戦略で確実な成果をあげることが求められることになります。2012年12月に第2次安倍政権が発足してから既に約2年が経っていることを考えると、それは決して長い期間ではありません。このコラムが掲載されるのは投票日の直前になりますが、与党が総選挙で勝利したとしても正念場はまだまだ続きます。


 

執筆者: 星野 実 (ほしの まこと)
資産運用コンサルティング シニアコンサルタント

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