コンサルタントコラム 654
有給休暇取得の義務化について
渡辺 優華

執筆者: 渡辺 優華(わたなべ ゆか)

保健・福利厚生コンサルティング / Mercer Marsh Benefits
コンサルタント

現在、社員の有給休暇消化を企業の義務とする労働基準法の改正が検討されている。日本の平均有給取得率は47.1%1 と低く、働く人の66%が「職場への遠慮」から有給休暇の取得をためらっているという調査結果2もあるため、一定の有給休暇日数取得が企業側の法的責任となれば、遠慮による取得率の低さの解消になるだろう。この法改正の対象は業界や規模を問わず全企業で、厚生労働省は2020年までには取得率を70%にすることを目標としており、取得率が一定基準に満たない企業には罰則を与える予定でいるそうだ。日本経済新聞実施の「ビジネスパーソン調査」では今の働き手が会社を評価する際に最も重要視する要素は「休暇の取りやすさ」(43.1%) という結果が出ており、有給取得を促す今回の改正は現在の働き手のニーズにマッチしたものかのようにも見える3。今回検討されている法改正についてこの場を借りて検証してみたい。

1 厚生労働省 "平成25 年「就労条件総合調査」の結果"(2013年11月)
2 日本経済新聞 (2014年10月3日出版)
3 日本経済新聞 (2014年10月6日出版)

まず、"取得率70%"という目標とその必要性について。日本経済新聞の記事には、「欧米諸国では有給休暇の取得を企業の義務としており、取得率はほぼ100%近い」とあり、厚生労働省は他の先進国とのこの数字の開きを縮めることを一つの課題としているようだ。米国大手旅行代理店ExpediaのVacation Deprivation Studyでは世界24か国の有給休暇の取得状況を比較しているが、確かに欧州の休暇取得率は高く、取得日数も多い。フランス人は平均して与えられた有給休暇30日のすべてを消化しているので取得率は100%。日本をみると付与日数18日のうち7日取得で、取得率及び取得日数共に24か国中最下位。確かに日本の休暇取得率はよくない。米国の場合はというと14日付与された分の10日消化しているので取得率は約70%で、まさに日本政府が達成したい数字だ4

4 Expedia "Vacation Deprivation Study" (2013)

しかし一方で、「休暇」は有給休暇だけに限らない。 法廷休日も「休暇」の一部なので、こちらと併せて考えた場合どうか。Mercer New Yorkが作成した法的休日の各国比較表を見ると日本は世界で法定の休日の多さ第3位(年間15日)であった5。有給休暇の付与日数が多めの西欧州国の平均法定休日は8日~11日と日本より少なめ。米国はというと法廷休日(Federal Holiday)は10日。平均有給休暇取得日数は10日なので、アメリカ人は平均して年間20日休暇をもらっていることになる。これは日本の法定休日(15日)と平均有給取得日数(7日)の合計の22日より少ない。米国にはFederal Holiday (米国全土の法定休日)以外に州独自の休日が加算される場合があり、日本人と同じくらい休暇がもらえている可能性が高いので、結果(法定休日が平日にあると確定すると)実質勤務日数は日本と同じくらいになると推測できる。米国と日本の実質休暇日数に大きな差がないからと言って今の日本の有給取得率が妥当だとは思わないが、取得率70%を達成する必要性があるかはもう一度検討してもよいかと思う。

Vacation Deprivation Studyからもう一点興味深い事実がわかる。法廷休日11日に加え平均有給取得日数30日でしかもその休暇のすべてを消化しているフランス人、なんともうらやましいと思ってしまうが、Study結果によると約93%のフランス人が休暇中にメール・ボイスメールのチェックをしているとある。会社にこそ来ていないが、休暇中だからといって、完全に仕事から離れているわけではないようだ。逆に、フランスではwork place flexibility (家から仕事ができる環境や個人の端末からの会社メールへのアクセス)が企業に浸透しているからこそ、多くの休暇を取得することができているとも言える。取得率という数字のみにこだわるのではなく、高い取得率を実現できている背景も調査し総合的に検討をするべきだ。有給を取得しやすい職場環境を整えず、ただ一定の有給休暇取得率を企業に強制するだけでは、休暇申請をしておきながら仕事が終わらないのでこっそり会社に来る社員や家に仕事を持ち帰り休暇を全うできない社員が出てくる可能性が高い。そうすると有給本来の目的である休暇取得による「社員の能力の発揮」や「生産性の向上」が得られない恐れがある。

また、有給休暇取得の義務化が現実的かどうかはその企業の業種・業態や社員の職種によっても大きく異なってくるため、規模や業種を問わず一律に適用することには疑問を感じる。例えば、弊社のようなコンサルティング業界においては、プロジェクト納期が近くなると休暇は極めて取りにくく、且つ各社員の専門知識や特殊な経験が必要な仕事のため、代わりが利きにくい。ビジネスが良好な年は多忙のため休暇取得率は必然的に低くなる。また、単純に人を多く雇用すれば各社員にかかる負荷が軽減できるわけでもないため、一定の有給休暇取得率が義務化されると逆に会社と社員の双方にとって良くない結果になるだろう。

さらに同じ企業の中でも各社員の働き方・キャリア志向は異なる。少数派かもしれないが、"若い時はとことん働いて50歳でリタイアする"ことをキャリアの目標としている人にとって、半ば強制的な有給休暇の取得は迷惑かもしれない。逆に、学業や資格取得のための勉強期間を必要としている社員や育児中・介護中の社員、病気や怪我の治療中の社員等は、通常より多くの休暇を取得したいと思っているだろう。社員がライフステージのどこにいるかにより必要とする休暇や期間は異なる。単純に企業の平均有給休暇を70%に上げることよりも、社員が最も休暇を必要とする時にそれを実現できる制度を提供することの方が重要であるように思う。

最後に、今回検討されている法改正について、ベネフィット・コンサルタントとして一番違和感を覚えたのが有給休暇取得を「義務」とする部分だ。従来、有給休暇制度は福利厚生制度・ベネフィットの一つとして考えられていたが、その休暇の取得自体が強制的なものになってしまったら果たしてそれはベネフィットなのだろうか。職場環境、業種、働き方、キャリア志向が多様化している今の日本で、一律且つ強制的な休暇制度のあり方はそぐわないのではないかと感じる。最近、欧米諸国の一部の企業(全体の約1%)の中で無期限の有給休暇制度の導入が始まっている。この新たな制度では休暇取得日数の上限は無く、社員は必要であれば好きなだけの期間で休暇を取得することが可能だ。こんな制度を導入したら休みすぎる社員が多く出て業務に支障をきたさないのか?と疑問に思うが、社員に自身のワークスケジュールを管理する裁量を与えたことにより社員の中に責任感が生れ、逆に生産性が上がったとのことである6。有給残日数を心配することなく十分に休めるので、社員の満足度は高い。この制度は、ベネフィットが本来あるべき社員に喜ばれるものでありながら、且つ有給休暇付与の最終的な目的である会社の生産性の向上を見事に達成している。このような話を聞くと、有給休暇取得の義務化に疑問を感じざるをえない。他にも画期的な有給休暇制度を取り入れている会社はある。とある企業では、未使用の有給休暇を消滅させず一定限度まで積立て可能とし、いずれ利用できるよう制度を変更した結果、社員が休暇を必要とした時または休暇取得が可能な時に十分な期間休みを取得することができるようになったそうだ7

しかし何より忘れてはならないのが、有給休暇取得には同僚・チームの協力が必要不可欠ということだろう。筆者が去年と今年の夏に休暇を満喫できたのはチームの協力体制があったからだこそだと思っている。「働きやすい」職場を実現するには制度だけでなく、それに社員が共感することが必要不可欠なのではないだろうか。

※ 有給休暇取得率の計算方法:実際に取得した日数÷その年に付与された有給日数(前年度からの繰越分はカウントしない)。日本人は平均18.3日の付与日数のうち8.6日を消化している(2013年度データ)

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