コンサルタントコラム 628
「仕組み化」が支えるクロスボーダーM&Aの成功
後藤 孝江

執筆者: 後藤 孝江(ごとう たかえ)

グローバルM&Aコンサルティング シニア コンサルタント

M&Aとは、異なる成り立ちの企業同士が、買収・統合を経てさらに拡大・成長しようとする企業の営みの1つと言える。そして、国境を超えてその拡大・成長機会を追求するのがクロスボーダーM&Aである。日本企業のグローバル化の必要性が叫ばれて既に久しく、日本企業による海外企業を対象とした買収・事業譲渡等のニュースは日々メディアに取り上げられている。

M&Aが成功するケースは全体の3割とも言われるが、国や言語、文化の異なる企業同士がM&Aの所期の目的を達成するにはどうすればよいのか。短期間に膨大な作業のデューデリジェンスを行い、タフな契約交渉を経て、巨額の投資に対する経営層の意思決定を取り付け、何とかクロージングまで漕ぎ着けても、それはようやくPMIのスタート地点に立ったに過ぎない。ディール検討時の機会とリスクの把握は当然重要だが、M&Aの成否はPMI(Post-Merger Integration、M&A成立後の統合)を如何に推進するかも大きな要素の1つである。

クロスボーダーM&Aにおける「内包」

PMIに向けたアプローチの1つに片寄せ (assimilation)と呼ばれる手法がある。これは、買収側・被買収側どちらか一方のシステム・制度にもう一方を合わせる手法である。各国で買収を繰り返して拡大し続ける欧米企業では、自社の制度・プロセスを基軸に被買収企業の制度・プロセスを統合するケースが多く見られる。また、買収側・被買収側それぞれのシステム・制度を一定の与件としつつも、新社としての新しいやり方を是々非々で議論した上で、これまでとは異なる新しいシステム・制度を設計・導入するアプローチもある。これらのアプローチはいずれも、買収後の企業体の内部における"均質化"を推進することを志向しており、出身母体の相違に起因する様々な障害を取り除くことで協働しやすい環境を形成し、意思決定を加速させることで、M&Aの所期の目的の達成を目指すものと言える。

一方で、日本企業による海外企業の買収では、買収後も自社と被買収企業の事業・組織とを統合せず、当面、互いに独立した事業体として運営を継続するケースが比較的多いようにも思われる。このケースでは、自社の企業グループ内に、様々な面で違いのある存在を「内包」した上で、その独立性を尊重し、ガバナンスをうまく効かせつつ、企業グループ全体でシナジー(相乗作用)を追求していくことが求められる。

後者のケースでは、被買収企業の自主独立性を尊重しすぎたが故に、買収時に描いていたシナジー実現への協力を十分に引き出せず、 長期間「買ってぶら下げたまま」の状態に陥ってしまったり、買収後も事業に関する相互理解が十分に進まないまま、毎期の連結決算だけが粛々と行われているようなケースもある。このような失敗を避けるための1つのアプローチとして、筆者は両社の各機能・階層における「仕組み化」の推進~早期確立が必要と考えている。

違いを前提に

"内包"のケースでは、両社の違いを与件として、様々なことに取り組まなければならない。仮に同じ事業を営んでいても、対象とする市場・セグメント・顧客・競合相手が異なるために、商品・サービスのコンセプトはもとより、顧客へのアプローチ、ビジネスパートナーとの協働の進め方も異なる可能性がある。また、社内の公用語や文化、商習慣や慣習に加え、会議体や意思決定プロセス、日々のコミュニケーションのやり方など、社内での仕事の進め方も異なるだろう。これらの違いを前提に、シナジーを創出し、成果に結実させるためには、互いに現状把握を進め、互いの相違点を理解した上で、違いをうまく乗り越えるための「仕組み化」を推し進めることが肝要である。

一口に「仕組み化」と言っても様々である。例えば、グループ連結会計の実現に向けて、決算・レポートのタイミング・フォーマット等に関するルールを決めて運用することや、ガバナンスの確立のため、被買収会社の経営上の意思決定に必要な会議体とその開催方法・規程・メンバーを取り決めることなどが挙げられる。また、適時開示事項に関する即時報告義務や、監査対応など、グループ経営において遵守すべき事項に関する取り決めなども「仕組み」の一部と言える。

これらは自社では当然のように行われていることなので、ともすれば「わざわざ言わなくてもやってもらえるのでは」と過信してしまったり、実際に一緒にやってみると思っていたように物事を進められないこともある。しかし、考えてみれば、相手にも同様にこれまで馴染んできたやり方があるはずである(または、そもそもそういったことはやっていないこともある)。「仕組み化」を推進する際には、その目的・背景と具体的な作業内容、タイミングやフォーマット、留意事項をまとめた上で、相手の理解を得られるよう丁寧に説明し、合意から実行に向けたコミュニケーションを行う必要がある。また、現状把握・比較の結果、相手のやり方がより合理的であれば、それを積極的に受け入れていくことも検討したい。

現場レベルの仕組み化へ

また、「内包」のケースに限ったことではないが、日本の本社から買収先の海外企業に「リエゾン」(liaison、ここでは連携担当者の意)を派遣し、スピーディーに現状把握を進め、機動的に両社を繋ぐ存在として機能させる取り組みもよく行われている。クライアントへのご支援を通じて様々なM&Aに接する限り、リエゾンの役割とレポートラインとを明確にし、相手企業の理解を得た上で適任者を派遣することができれば、非常に有効なアプローチの1つと思われる。しかし、いつまでたっても、「リエゾンがいないと動かない」または、「リエゾンが変わるとうまくいかなくなる」という状況では、十分に「仕組み化」が推進されたとは言えない。

ある企業では、最初に期間を決めてリエゾンを派遣することにした。当初はリエゾンが集中的に連携機能を担ったが、徐々にその機能を研究開発、品質保証、生産、マーケティング、販売、財務、人事など一連のバリューチェーンを支える直接・間接各機能の担当者の役割として定義し、週次、月次、四半期決算時、年次のルーティンに落とし込み、両社の現場レベルで「まわる」形にまで仕上げることを意識的に行った。これらの「仕組み」が機能しはじめると、両社の各事業・機能の様々なレイヤーで相互理解・交流が深まっていった。その結果、買収時には全く想定していなかったような両社間のシナジーに気づき、具体的な成果に結実させることができたのである。

日常の取り組みの延長としてのPMI

既にお気づきの方も多いと思うが、この「仕組み化」はM&Aの場面に限って行われていることではなく、日々の業務の中で日常的に取り組まれていることである。同じ社内でも価値観や仕事の進め方、役割・KPI(業績目標)の異なる他者/他組織と、役割分担を取り決めて協働し成果を創出すること、また、社外のビジネスパートナーと、効率的にビジネスを進めるための情報共有や協働の仕組みを整え、Win-Winの関係を構築することも同様である。

本質的には同じ「仕組み化」と言えるはずのことが、M&Aの場面で格段に難易度が上がるのは、経営層から現場の実務層に至る組織のさまざまなレイヤーで短期間かつ一気に「仕組み化」が推進される必要があるからだ。そして、「仕組み」同士の横串を通し、「仕組み」同士が有機的につながり機能するレベルに昇華させることが要求される。加えて、クロスボーダーM&Aにおいては、言語や文化、法令、慣習などの相違がその難易度を飛躍的に増大させることとなる。

この一連の流れを、スピード感と創意工夫、そして熱意を持ってやり抜くこと、言語や文化の違いに戸惑いつつもある意味それを楽しみながら乗り越えていく取り組みが日々様々な現場で繰り返されること、また、その取り組みを経営が積極的にサポートすることが、クロスボーダーM&Aの成果創出へ向けた近道なのではないだろうか。

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