DCの資産運用で求められる ガバナンス・モニタリングの あり方について

『企業年金』 2021年12月号


*当記事は『企業年金』 2021年12月号に寄稿した内容の再掲載


DCの資産運用で求められるガバナンス・モニタリングのあり方について

 

日本で確定拠出年金法が施行されたのは2001年10月1日であり、ちょうど制度開始から20年が経過した。この間、確定拠出年金制度(以下、DC)の加入者数は順調に拡大を続けており、2021年3月末時点でDCの加入者は、企業型が約747万人、個人型が約194万人の合計で約941万人(企業型と個人型の両方に加入している加入者がいるため、一部重複あり)となり、今や加入者数では確定給付年金制度(以下DB、2021年3月末時点で約933万人)に匹敵する規模となっている。このことは、DCが老後資産形成の手段としてより重要な役割を担うようになっていることを意味している。一方で、DCは加入者等の運用成績によって将来の受取り額が変わってくる性質を有するが、加入者等の投資成果については制度運営の適切性によって変わってくる可能性があることから、DCを如何に運営していくかということに対する責任も益々増加している状況にあると言えよう。

本稿では、こうした状況において、特に企業型DCの資産運用面(商品の評価及びモニタリング)に焦点を当て、事業主の方々が適切に制度を運営していく、あるいは高度化を図っていく上で求められる運営方法、ガバナンスとはどういったものか、という点について考察していきたい。

 

1. DCの資産運用におけるガバナンスの必要性
 

企業年金連合会の『企業型確定拠出年金ガバナンスハンドブック』では、企業年金ガバナンスを「最終的な受益者かつステークホルダーである企業年金の加入者等の利益を最大限に実現するように年金制度の運営を監視する仕組み」と定義している。企業型DCにおいて具体的には、事業主に求められる役割である、①加入者とのコミュニケーション、②投資教育、③事業運営の検証・監査、④運用商品の評価、等について適切に行うための体制を整備すること、となろう。前記のうち、事業主に求められるガバナンスという観点では、④の運用商品の評価に関する体制の構築が特に重要だと筆者は考えている。その理由は以下の通りである。

(1) 商品ラインナップによって加入者等の運用成績が左右される

DCは加入者等自らが運用を行い、その結果についても加入者等が責任を負うものであるが、加入者等は選定・提示されたラインナップからしか選定できない。よって、もしラインナップされた商品が適切なものでなかったとすると、加入者等の老後資産形成はそれによって不利益を受ける可能性がある。運用商品の選定・提示は一義的には確定拠出年金運営管理機関(以下、運管)が行うが、それが自社のプランの加入者等にとって適切なものであるか、制度の運営主体である事業主は検証する必要がある。

(2)ガバナンスのあり方によって商品ラインナップが異なるものとなる

なかなか事業主の方々は知ることのできない事実であるが、同じ運管を採用していたとしても、プランごとに商品ラインナップは異なったものとなっている。これは一つにはDC導入の時期や制度の位置付け等で違いが出てくる、ということだが、もう一つ重要な要素として、各企業のガバナンスのあり方が影響している可能性がある。例えば、制度導入から時間が経過して、当時よりも手数料等が安い商品がラインナップ可能となった場合に、運管に対して入替えを要請した企業では入替えが行われ、そうでない企業は従前通り、ということが生じている。このように運管に対する牽制の程度によって、商品ラインナップは異なるものとなり、ひいては加入者利益に影響を及ぼす可能性があるのである。

(3)潜在的な利益相反のリスクが運営管理機関に存在する

運管は、自社グループの運用会社の商品の販売だけでなく、多くの場合販売会社報酬という形でDCで投資される商品(自社グループの運用会社の商品でなくても)から報酬を受け取っており、これがDCを運営する上での大きな収益源となっている。すなわち、手数料の高い運用商品をラインナップした方が自分たちの実入りが大きくなるので、加入者利益に反してできるだけ手数料の高い商品をラインナップしようとする潜在的なインセンティブが運管に存在する。このように運管は商品の販売会社の立場にも立っており、加入者利益を阻害するような行動を取るリスクがある。よって、事業主の側でこうした利益相反を防いで真に加入者等の利益になる商品が選定されているか監視するための体制が必要となってくるのである。

 

2. 望ましい商品ラインナップとは


運用商品の選定及び提示は、先に述べたように運管がその専門的知見に基づいて行う*1が、事業主においても特に運用関連業務(運用商品の選定及び提示並びに情報提供)が、もっぱら加入者等の利益のみを考慮して、適切に行われているかを確認するよう努める必要がある。そして、制度発足時点において望ましいと考えられた運用商品であっても、時間の経過とともにより加入者等の利益となる商品に改善する余地が生じるので、定期的に見直しを行っていくことが求められている(法令解釈通知第4、第9)。

では一体望ましい運用商品とはどういったものであろうか。運用商品の評価にあたっては基準が必要であり、以下ではその点について見ていきたい。なお、加入者等の投資行動は個別商品だけでなく全体の構成にも影響を受けるので、商品ラインナップをどう構成するのかという視点も必要となってくる。

*1 事業主自ら運用商品の選定及び提示を行うことは可能であるが、多くの場合金融機関等の運管に委託されている。


(1)ラインナップされている運用商品は厳選されているか

運用商品の本数については、20‌16‌年の法改正によって上限が定められることとなり、現在では上限が35本となっている。この背景にある考え方は、豊富な選択肢は必ずしも加入者等の利益とならず、提供される運用商品の本数が多くなるほど加入者等は適切な商品を選びにくくなる、ということが行動ファイナンスの研究によって示されていることがある。すなわち商品本数は法令で定められた上限にかかわらず、ラインナップされた商品から加入者等が適切な選択をできるよう本数を厳選することが求められるのである。

日本の企業型DCにおいては、元本確保型や国内株式の本数が多いケースがみられるが、このように同一の投資対象に多数の商品がラインナップされている場合には注意が必要である。加入者等の多くは、ラインナップされた商品から数本選んでそれぞれ均等に配分する傾向があることが知られており、その結果全体として見ると、残高の比率についてもラインナップ本数に比例する傾向が見られる。すなわち本数が多い資産に配分が多くなる傾向となり、この場合には意図せず元本確保型あるいは国内株式に配分を多くするような影響を与えていることになる。このように加入者等の選択にバイアスを与えることを避ける意味でも商品本数は厳選することが求められるのである。

(2)商品ラインナップはバランスのとれたものになっているか

同じプランの加入者等であっても、年齢や保有資産、及び資産運用の知識等の属性は個々人で大きく異なっており、商品ラインナップは、そうした様々な加入者等のニーズを満たす必要がある。一方で、法令解釈通知第4では、「運用の方法の全体のラインナップが加入者等の高齢期の所得確保の視点から見て、バランスのとれたものであること」に留意すべき、としている。ここで何がバランスのとれた商品ラインナップとみなされるかは、各プランの制度の位置付け等の状況によって異なってくるので一律に規定するのは困難だが、一般的に以下のような事項について考慮する必要があると考えられる。

  1. 元本確保型の本数は多すぎないか
  2. バランス型(ターゲットイヤー型)の投資信託、及び伝統四資産(国 内債券、国内株式、外国債券、外国株式)を投資対象とする投資信託はラ インナップされているか
  3. アクティブ運用の商品に偏っていないか
  4. 同一の投資対象に多数の商品がラインナップされ商品理解を困難にしていないか

ここで、一部の知識レベルの高い加入者等のリクエストに応じて、アクティブ商品やノンコア資産(新興国の株式・債券、不動産投資信託(REIT)、金)等のリスクの高い商品を多数ラインナップすることには慎重な姿勢が望まれる。商品がラインナップされている限りは、投資に知識の無い加入者等も選択可能であり、こうした加入者等にとって意図しない運用結果を招く可能性があるからである。商品ラインナップは、加入者等の様々なニーズを満たす一方で、前記(1)で述べたように、適切な選択が可能となるよう厳選した商品をラインナップすることが必要である。

(3)運用商品の手数料は加入者等にとって不利になっていないか

投資信託の信託報酬等の手数料は運用成績にかかわらず確実に発生する費用であり、その多寡は将来の運用成果に影響を与える。特に単一資産のパッシブ運用の商品については、市場全体の値動きと同様の投資成果を目指す運用であり、同一の指数を対象としたものであれば、手数料水準が低い方が有利である。パッシブ運用の信託報酬については年々低下傾向にあることから、特に制度導入から時間が経過したプランの場合には、より手数料が低い商品に入替え可能かどうか確認する必要があろう。

ただし、特にアクティブ商品やバランス型商品(ターゲットイヤーファンド等を含む)は手数料水準だけをもって判断するのには慎重であるべきである。こうした商品については、運用能力や資産配分(バランス型の場合)がパフォーマンスに大きな影響を与える。重要なのは手数料控除後で加入者等に付加価値を与えうるかどうかであり、手数料が他の商品より高くても加入者等にとって望ましい(あるいは不利とならない)場合がある点には留意が必要である*2

*2 この点、手数料のみを重視することにより、伝統四資産のみかつ国内資産に偏ったバランス型の商品が多く選定されているように思う。かつてはDBでも同じような形で運用されていたが、現在では多様な資産への分散投資がなされ、かつ期待される利益成長率の格差を背景に、国内株式よりも外国株式の配分を多くする場合が増えている。バランス型は加入者等にとって中核となる資産であり、加入者利益の観点でどういった商品が望ましいの か考慮することが必要であろう。


(4)運用能力の劣る商品はラインナップされていないか

法令解釈通知では、「同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較し、明らかに運用成績が劣る投資信託である」場合には、運管から合理的な説明を受けるよう努めること、としている。この場合難しいのは、過去のパフォーマンスは必ずしも将来のパフォーマンスを予測するものではなく、過去の成績が悪い場合であっても必ずしも運用能力が劣ると結論付けることはできない、という点である。よって、過去の運用成績が明らかに悪い場合、すぐに入替えを検討した方が良いということではなく、運用能力が劣ったものとなっている可能性について運管に見解を確認し、その上で加入者等の利益とならないと判断される場合に初めて除外を検討する、と解釈すべきである。

 

3. DC資産運用におけるガバナンスのあり方


ここまでのところで、ガバナンスという観点では運用商品の評価に関する体制の構築が重要であること、またその評価を行う上で望ましい商品ラインナップはどういうものか、ということについて見てきた。ここからは、各企業においてどういったガバナンスが求められるのか、という点について見ていきたい。

OECD(2009)によれば、年金ガバナンスを構成する要素はいくつかあるが、そのうち重要なのは、①執行機関、② 適合性(専門的な資質の具備)、③報告・情報開示だと考えられる。

① の執行機関は、誰が商品の評価・モニタリングを担うのかを決定する、ということである。この点、商品選定委員会等の会議体を定期的に開催する、というのが一つの方法であるが、社内での意思決定プロセスが構築されれば、必ずしも会議体は必須ではないと考えられる。重要なのは、関係者間の役割分担・責任を明確化し、継続的な実施が担保されるような体制を構築することである。

②の適合性は、業務を遂行する上で適切な人材が担当に当たるべき、ということである。特に運用商品を評価するためには専門的な知見が必要であり、このような資質を備えている人材が担当することが望ましい。ただし、一部の企業を除きなかなかこのような人材を確保するのは困難かもしれない。この場合、専門的な第三者機関を活用するということも一つの方法だが、商品選定を行っている運管に説明を求める、ということが第一歩となろう。

③の報告・情報開示は、経営陣への報告及び加入者等に対する情報開示を行うべき、ということである。特に商品の除外・追加の際には加入者等に報告するだけにとどまらず、投資教育を実施するなど、加入者等に投資行動を促すきっかけとなるような機会を与えることが必要である。

以上、ガバナンスの観点から必要な事項について見てきたが、継続的、組織的に対応を行っていくために運用商品に関する基本方針を制定することも有効である。下記にその例を記載する。

運用商品に関する基本方針の記載事項(例)
1 商品ラインナップ構成の基本的考え方 加入者等の利益のみを 考慮する旨、どのような資産をラインナップするのかしないの か、指定運用方法の設定について
2 意思決定機関 運用商品のモニタリングを主導するのは誰で、 意思決定を行うのは誰か
3 商品選定基準 新たな商品の導入に関する考え方及びプロセ ス、加入者ニーズの反映方法
4 モニタリング方法・第三者機関の採用 定期的なモニタリング は誰がどのような頻度で行うのか、情報の入手方法及び内容、 コンサルタント等の第三者機関の採用及び利用方法
5 商品除外基準 商品見直しの頻度、除外となる商品の基準 
6 投資教育等周知方法 運用商品に関する加入者への教育及び周知方法

 

DCの担当者はDBの場合と異なり、他の業務を抱えながら業務に取り組まれている場合が多く、業務に割ける時間や労力も限られたものとなる場合が多いと思う。こうした状況では、最初から全てを整えようとせず、運管の協力も仰ぎながら取り組みを始め、歩きながら少しずつ改善をしていくということでも良いのではないかと考える。DCの資産運用におけるガバナンスは、それを実践することが加入者利益にも直結していくと考えられるので、是非積極的な取り組みを図っていくことをお考えいただきたい。

【参考文献】
・企業年金連合会『企業型確定拠出年金ガバナンスハンドブック』
・OECD (2009) “OECD GUIDELINES FOR PENSION FUND GOVERNANCE”

 
 

執筆者:青木 大介 (あおき だいすけ)

資産運用コンサルティング部門 シニアコンサルタント

DCの資産運用で求められるガバナンス・モニタリングのあり方について